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値引きより値下げ、更には社会還元サービスを

松下幸之助 一日一話
11月29日 値引く以上のサービスを

商人は、自分の信念なり事業観に基づいて適正利潤というものを確保し、顧客を大事にしつつ商人としての社会的責任を果たしていくことが肝要で、それが社会共通の繁栄に結びつく望ましい姿だと思います。

そして、そうした望ましい商売をしていくためには適当にかけ引きをして値段をまけるというのではなく、最初から十分勉強した適正な値段をつけて、それは値切られてもまけない、逆にお客さんを説得し納得していただくということでなければいけません。その上で“あの店は値引く以上に価値あるサービスをしてくれる”という評判をお客さんからいただくような商売をすることが大事だと思います。

https://www.panasonic.com/jp/corporate/history/founders-quotes.html より

ハーバード・ビジネススクール教授マイケル・ポーターは、著書「競争優位の戦略」(1995)の中で、一般的には製品の販売価格とはその製品が持つ「総価値」であり、その「総価値」とは「総コスト+マージン」となることをバリューチェーンモデルにて図形化し、客観的に認識できるように示しています。このポーターがバリューチェーンモデルで示す「マージン」が松下翁の仰る「適正利潤」にあたるものです。加えて、「総コスト」とは、製品を製造する際に必要となる企業内における様々な活動にかかるコストをまとめたものになります。

値引きというものは、「総コスト」を下げずに「マージン」を減らすことであり、他方で値下げとは「マージン」を減らすことなく「総コスト」を下げることになります。本来企業にとって必要となるのは、「マージン」を維持するために必要となるその場その場での適当な駆け引きではなく、企業内における様々な活動コストの削減を積み重ねることによって生み出された「総コストの削減幅」を大きくする努力が必要になります。

簡単な例としては、1つの製品を製造する過程において、事務作業や連絡事項の伝達を確実なものにするために、基本資料の保管を目的に各部署ごとにコピーがトータルで5回行われていたとします。するとそれだけで「総コスト」に50円がプラスされてしまい、販売価格が50円高くなってしまいます。このプラスされた50円分を「マージン」から減らすのが値引きであり、逆に作業を見直すことで「総コスト」から無駄なコピーの50円分を削減することが、値下げへの努力となります。

この値下げへの努力と「マージン」を維持することの大切さに関して、松下翁がご自身の実際の経験から以下のようなお話をされています。

 私は、ずいぶん長い間、数多くのいわゆる下請け工場に協力をしてもらってきました。ですからたくさんの工場を知っていますが、その経営者はみなそれぞれ持ち味がちがいます。けれども、黒字の経営をして成果をあげている工場の経営者には、何か共通したものがあったように思います。それらの経営者の方がたは、みなある種の強さというものをもっておられたような気がするのです。
 たとえば、こちらがお得意先のご要望に応じて、従来以上に安くてよい商品をつくろうというようなことから、仕入れている品物の値下げをお願いした場合でも、そのような経営者は「それでは大将、うちが損しますわ」というようなことは決していいません。「なるほど、その値段に私もしたいと思います。努力しましょう。きっとその値にしましょう。しかし、それには三月(みつき)待ってください。その間ひたすらに努力して、なんとかあなたが満足するようにいたします。できないことがあるもんですか」といったことばが返ってきます。
 実は、私自身も、事業を始めて聞もないころ、下請けの仕事を一部やりましたが、同じようにやってきました。
「大将、それでは損しますよって、なんとか頼みますわ」などといったことはありません。「そうですか。五円にせないけませんか」「五円にしてもらわんことには引き合わんのや」「そうですか。やり方によっては五円でできましょう。四円五十銭でもできるように思います。きっとそうしたいと思います」というと相手は喜びます。そこで「きっとそうしますから、しばらくの間待ってください」ということで一生懸命努めたものでした。
 もちろんそうはいいましても、お得意先からの値下げの要求がムチャなものであればどうにもなりませんが、社会の要請に従った必要なコストダウンについては、”これはなんとしてでもやりとげよう”ということで一心にとり組んだのです。
 そういうことができるためには、やはり自分が、商売する以上は損をしてはいけないし、また本来損することはあり得ない、という信念をもっていることが必要だと思います。時には損をしても仕方がないという気持ちが少しでもありますと、どうしても弱くなって、途中で挫折してしまうようなことにもなってしまいます。発展する企業とそうでない企業のちがいは、一つにはそのような経営者の基本の考え方のちがいにあるといえるのではないでしょうか。
 商売、経営では、時に損をすることもあり得るなどと考えることは、弱き者が、みずからを慰安する姿であり、ほんとうに責任をもって一歩を踏み出せば必ずそれだけの利益があがらなくてはならない、商売、経営とは本来そういうものだ、と考えることが、経営者にとっての出発点でなければならないと思うのですが、いかがでしょうか。
(松下幸之助著「経営のコツここなりと気づいた価値は百万両」より)

更には、製品の販売価格、すなわち「総価値」に関して以下のようなお話をされています。

…利益というものは、競争があるから、これだけ儲けたいと思っても、なかなか、そうさせてはもらえんものである。また、思っているとおりには、買っていただけないということもある。
 例えば、あなたが物を買う場合、A百貨店とB百貨店で、同じ品物が、A百貨店の方が安ければ、Bで買わずにAで買うだろうし、大部分の人もそうするだろう。反対に、Bの方が安ければBの方を買うし、また多くの人もBのものを買うだろう。そこでもし、A百貨店がいつも高かったら、Aではだれも買わないようになるから、商売が成り立っていかない。A百貨店としては、どうしてもB百貨店に負けない値段にしなければいけない。するとこんどはB百貨店の方が売れないから、さらに安くすることになる、それが世の中の常である。少なくとも自由経済の世の中ではそういう道理になる。
 高ければだれも振り向いてくれない。そこで各企業は、しのぎを削って、安く売ることを研究しているわけだ。他よりも安く売ってもなお最低限度、必要な利益はあるように、食べていけるように、あとのサービスの費用も出せるように、株主への配当もできるように、賞与も出せるように、というようにして、競争しながら、そういう必要経費がまかなえるようにしなければならないわけだ。どの会社でも、経営者と従業員が一つになって、最善をつくして、ようやく得ているのが今日の利益なのである。それは尊い知恵才覚をしぼり、努力した結果から生れるものなのである。そこに自由経済では、皆が油断せず、一生懸命になって働くという、社会発展の原則がある、と私は思う。
 だから、もし政府から、お前にはこれだけの利益をやるから、なんていわれたら、もうだれも勉強しなくなるにちがいない。競争は非常につらい。つらいけれども、そこに悔いなき発展がある。それが互いに交差して世の中は進歩発展していくのだと思う。
 ここで大事なことは、利益はいくらが正しいかということである。これはその会社の持っている方針なり、人生観、社会観によって、正しく決定すべきものだ。その会社が、社会正義に立脚して決定すれば、それは社会から認められるわけだ。
 企業が社会の公器であり、社会の発展に貢献するものである以上、企業の発展も社会のために必要なのだから、発展するための資本力というものを蓄積することも必要であろう。これは利益に含まれるが、やがてそれ以上のものを社会に還元しなければならない。こう考えていくことは経営者の重大な責任であると同時に、その会社全体に課せられた大きな責任だと、私は思う。
 会社がえているこの尊い利益を、さらに尊い価値のある使い方をするとき、社会がそれを認めてくれるわけなのだ。そのためには、つねに、何が正しいかということを、考えていることが必要になってくる。
 世の中には、お金を儲けても、それ以上の損害をこうむる場合がありうる。ある人は百万円のお金を儲けたけれども、客観的に見たら、二百万円の信用を失った。差引百万円の損害をこうむって、なお、人との交わりもできない、つまり巨万の富もなきに等しいというような場合もある。そんなお金儲けの仕方はいかんというわけである。
 神のごとく過ちがない、というわけにはいかないが、ときには考えちがいもあるし過ちもあるだろうから、これを是正していく。経営も、利益も、基本の考え方はここにあると思う。それも平生から心がけなければならない。…
(松下幸之助著「物の見方考え方」より)

「あの店は値引く以上に価値あるサービスをしてくれる」という評判をお客さんからいただくような商売とは、リレーションシップマーケティングのお手本ともいえる松下の代理販売店においてのお客さんに対するホスピタリティーの高いミクロの価値あるサービスという側面もあるのでしょうが、寧ろ社会の公器である企業に利益が蓄えられればそれ以上のものを社会の発展に還元するというその企業全体や経営者が正しい使命感と責任感を持つことによって可能となる、マクロの価値あるサービスをしてくれるという評判をお客さんからいただくような商売が大事であると言えるのではないかと私は考えます。


中山兮智是(なかやま・ともゆき) / nakayanさん
JDMRI 日本経営デザイン研究所CEO兼MBAデザイナー
1978年東京都生まれ。建築設計事務所にてデザインの基礎を学んだ後、05年からフリーランスデザイナーとして活動。大学には行かず16年大学院にてMBA取得。これまでに100社以上での実務経験を持つ。
お問合せ先 : nakayama@jdmri.jp

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