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何のために国土を大切にするのか

松下幸之助 一日一話
10月13日 国土を大切にする

日本の国土ほど風光明媚で、気候が温和な国はそうないのではないでしょうか。しかも長年にわたって、非常にすぐれた日本独自の文化と国民性とを養い育ててきました。今後ともこの国土の存するかぎり、日本のすぐれた文化と国民性は永遠に失せないでしょう。

とは言え、日本国民全体が、自分たちのこの国土を大切にするという強い意識を持つことがきわめて大事だと思います。そして、この国土によって今までにはぐくまれてきた伝統の精神というものを十分に理解、認識し、そしてさらにすぐれた文化の花を咲かせるよう努めていくことが、今日の日本人の尊い使命だと思います。

https://www.panasonic.com/jp/corporate/history/founders-quotes.html より

松下翁の仰る「国土を大切にする」という言葉を、自分は翁の仰る「素直な心」を基本にしているのだからと、単純に思考力なく受けいれてしまいますと、中には「頑なに領土を守る」という意味だと認識してしまう人も出てくるのかもしれません。例え、自分自身では正しいことであったとしても、それが行き過ぎてしまいますとかえって頑なで的外れなことになっている人というのも目にすることが良くあります。

そんな的外れな人にならないためにはどうすればいいのでしょうか?

現在でも都内に様々な作品を残されている彫刻家の朝倉文夫さん(1883ー1964)のアトリエ兼自宅であった現・朝倉彫塑館には、五典の水庭と名付けられた庭があります。その庭の石には、五常の徳(仁義礼智信)を大切にされていた朝倉文夫さんの次の言葉が刻まれています。

仁も過れば弱(じゃく)となる
義も過れば頑(かたくな)となる
礼も過れば諂(へつらい)となる
智も過れば詐(いつわり)となる
信も過れば損(そん)となる

これは、恐らく伊達政宗が遺訓として残した言葉を引用されたのでしょう。

「仁に過ぐれば弱くなる。義に過ぐれば固くなる。禮に過ぐれば諂(へつらい)となる。智に過ぐれば嘘を吐く。信に過ぐれば損をする。氣長く心穏かにして、萬(よろず)に儉約を用いて金銭を備ふべし。儉約の仕方は不自由を忍ぶにあり。此の世に客に來たと思へば何の苦もなし。朝夕の食事うまからずともほめて食ふべし。元來客の身なれば好き嫌いは申されまじ。今日の行くをおくり、子孫兄弟によく挨拶をして、娑婆の御暇(いとま)申すがよし」。

例え指導者に不可欠とされる義を大切にしていたとしても、その義が過ぎたものになりますと頑なになってしまうのと同様に、知識というものも過ぎたものになりますと偽りになってしまうものですので、先哲たちは中庸を保つ意識が不可欠であると自らを戒めていたと言えます。

では話を戻し、松下翁は、何のために「国土を大切にするべきだ」と仰っているのでしょうか?

それは、日本独自の文化と国民性となる伝統の精神を養い育ててきた土壌であるから大切にすべきであると仰っているのだと私は考えます。

では、日本独自の文化と国民性となる伝統の精神とは何でしょう?

松下翁は日本の伝統精神に関して以下のように仰っています。

私は日本の伝統精神はきわめてすぐれたものだと思います。ではその伝統精神とは何か。その一つは「和を以って貴し」とする平和愛好の精神です。1350年も前に、この「和」の精神が聖徳太子によって掲げられています。第二は「衆知を以って事を決す」という、つまり民主主義です。古事記にも800万の神々が相談して事を決したとあります。日本は真の民主主義の本家本元だと言えるでしょう。第三は「主座を保つ」。古来日本人は常に主座を失わずに外来のものを消化吸収し、日本化してきました。この和、衆知、主座という三つの柱を守っていくことは、今後においても大切なのではないでしょうか。
(松下幸之助)

更に、主座を保つということに関して以下のように仰っています。

指導者というものは、どんなときでも、自分みずから、“このようにしよう”“こうしたい”というものは持っていなくてはならない。そういうものを持った上で他人の意見を参考として取り入れることが大事なのであって、自分の考えを何も持たずして、ただ他人の意見に従うというだけなら、指導者としての意味はなくなってしまう。要は指導者としての主体性というか主座というものをしっかり持たなくてはいけないということである。主座を保ちつつ、他人の意見を聞き、ある種の権威を活用していく。そういう指導者であってはじめて、それらを真に生かすことができるのだと思う。
(松下幸之助)

主座を保つとは、頑なと似て非なるものであり、松下翁が日本の伝統精神として挙げる「和を以って貴し」とする平和愛好の精神、「衆知を以って事を決す」という民主主義、そして古来から外来のものを消化吸収し「主座を保つ」ことで日本化してきた3つの柱を、仮に国土を守るためならば失っていいのでしょうか?それは、本末転倒でしかありません。

日本の伝統精神を守り養うための国土であって、国土を守るための日本の伝統精神ではないと私は考えます。


中山兮智是(なかやま・ともゆき) / nakayanさん
JDMRI 日本経営デザイン研究所CEO兼MBAデザイナー
1978年東京都生まれ。建築設計事務所にてデザインの基礎を学んだ後、05年からフリーランスデザイナーとして活動。大学には行かず16年大学院にてMBA取得。これまでに100社以上での実務経験を持つ。
お問合せ先 : nakayama@jdmri.jp

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