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修羅と丹若⑪「急転直下」


急転直下


 傑の視界は完全にゲーム画面だった。

 目の前に建物の3Dマップがある。そこに手を伸ばして、スマホやタブレットを操作するようにピンチすると大きさを変えられる。
 両手を広げてピンチインをかけると、周辺の状況もわかる。

「……あ、信桜だ……。え?!戦ってんの?!」

 マップを小さくすると、廃工場周辺のマップも現れる。周辺は流石にどこまでも縮められるというものではないようだが、建物周辺ぐらいはわかる。

 そしてもう一つ。傑のマップには、特徴があった。

 リアルタイムでそこにいる敵味方が表示され確認できるのだ。

 なので周辺マップに切り替えてみた事で信桜の現在位置と、彼が戦う敵が表示されたのだ。

 そして……。

「……いや……待って……これ……風祭?!」

 信桜の後ろ。中に浮くように「パッシブ」と表記された味方がいる。パッシブ、つまり何らかの理由から動けない・戦えない味方だ。

 信桜は言った。椿の蜘蛛の巣の結界に、風祭の龍脈の気を流すと……。そして宙に浮いた状態の「パッシブ」な味方……。

「……マジか……。」

 確かにこれは見なくてよかった。実際はどういう状態化はわからないが、動けないパッシブのは確かだ。
 傑は少し青ざめながらマップを建物に戻した。

 そして指でドラッグさせながら建物を回し見る。

 四階はある。
 だが、続く階段がない。

「……どういう事だ?」

 傑は建物をピンチアウトして拡大する。二階で悪鬼と院瀬見がドンパチやっているが気にしない。くるくる回しながら拡大した建物を調べる。

「……ん?これか?!」

 傑がある目をつけたのは、建物の外側にある非常階段だ。
 マップを縮め上フリックすると、小型ウインドウ状態になる。傑は窓を視界の端に残した状態で、確認した三階の非常ドアがあるはずの場所に行く。

「ないな……。」

 それは隠されたドアを見落としていたのではない。構造的にはそこにドアがあるはずなのだが、そこは壁になっている。ドアを埋めたのではなく、建物を建てる時にはじめから作っていないのだ。

 だが、外階段はあるはずだ。傑は窓を開け、階段を確かめる。

「……クソッ。そこまでするか……。」

 三階の窓から、外部に設置された鉄製の非常階段を確かめた傑は苦々しく悪態をつく。非常階段ははじめは四階まであったのだろう。だが今は三階の途中あたりで朽ち果て、下に落ちている。撤退する際、わざと腐食させて落としたのだろう。しかも四階のドアがあったであろう場所は、コンクリで塗り潰してある。

 つまり四階は、呪詛を行う時は非常階段から出入りしていたが、作り終えた段階でそこに行くルートも潰されているのだ。

 傑は再度、マップを開いた。そして拡大して四階を詳しく調べる。

 それでわかったのだが、このマップはやはりゲームに近い。建物の外のようなフリーエリアは、特に傑が足を運んでいなくても正確に表示できるのだが、この四階のような隠されたエリアの場合、その存在や大まかな構造は表示されるのだが、細部まではわからない。ただ、?マークや!マークなどがあるので、それが敵だったり呪詛の「本体」だったりするのだと思う。

「とにかく入る方法を探さないと……。」

 傑は拡大した四階部分をマップで調べる。コンクリで塗り潰してある入り口は、ロングタップしてみると、レンガを積んでさらにコンクリで潰してあるようで、侵入するにはかなりの火力で爆破するしかない。それだと手間も時間もかかる。

「……あ、窓。」

 調べてみると、小さな窓があった。人一人ぐらいは通れそうな大きさ。
 ロングタップしてみると、ここは内側から板が打ち付けられているだけで、破壊しようと思えばサブマシンガンでもできそうだった。

 侵入経路は見つけた。
 だが窓までどうやって行くか……。

 屋上からロープで降りる方法もあるが、まず屋上に行く手立てがない。工場部分の屋根から行くにしても、窓の向きが違うので厳しい。

「……う~ん、頼んだらやってくれるかなぁ……。でも、アレだろ……アレ……。」

 傑は考え込んだ。アレは……できればやりたくない。だが他に上手い方法が思いつかない。傑は覚悟を決めて、足で床を鳴らした。そして窓から顔を出してしばし待機する。そして言った。

「あ、椿……。悪いんだけど、俺を屋上まで運んでもらえますか……??」

 信桜に向ける笑顔ではなく、無表情に壁にへばりついて傑の顔を覗き込む椿。若干、メンチ切られてる感じもする。傑は少しタジタジになった。

 まぁ、マップ表記も「?」になってるしなぁ……。やはり信桜以外にとって、椿は敵ではないにしろ味方でもないのだと、傑は感じた。

 傑を屋上まで運ぶと、椿はやる事は終わったとばかりにどこかに行ってしまう。
できれば窓まで行ける足場なども本当は作って欲しかったと、椿を見送りながら傑は思った。だが、信桜の前とは明らかに顔つきも雰囲気も違う事から、傑は何も言えなかった。

 とはいえ、こんな簡単に屋上に来られたのは椿あっての事。ただあの大きな蜘蛛の脚に抱えられ、宙ぶらりんで壁を登られた時は流石に生きた心地がしなかった。

「……さて。」

 傑は実際の窓を確認する。確かに窓がある。ガラスの向こう側が板で打ち付けられているのも、なんとなくだがわかった。

 傑は屋上の設備換気扇の出っ張りにロープを括り付けた。身を預けるものだから、念入りに確認。そして下降体制に入る。

「いや、高校生でこれができるって、やっぱおかしいよな……。」

 そんな自分に苦笑する。しかししのご言っている場合ではない。傑はゆっくり、下降を開始した。

 窓の上まで来ると、傑はその場で頭を下にした。その状態で窓の立て付けを確認する。
 どうやらドアは厳重に塞いだようだが、窓の方は適当なようだ。普通に鍵をかけ、内側部分を板で塞いだだけ。
 年数劣化で窓枠は少しガタが来ている。それでも少し揺すって取れる程ではない。
 頭の位置を上に戻し、もう一度マップを確認する。

「うん。マップ通り。劣化ありの普通の窓だ。板もそんな厚ぼったいのじゃない。」

 そしてサブマシンガンを持ち直す。変えてから数発撃った程度だからマガジンも大丈夫だろう。そしてふぅ、と呼吸を整えた。

「……一発勝負だ。」

 次の下降で、窓を突き破る。壁を強く蹴り、大きく飛んでサブマシンガンで窓に集中砲火する。そこに思いっきり蹴りを入れる形で中に飛び込むのだ。自分の動きをシミュレーションする。

 よし。

 傑は覚悟を決めて、壁を大きく蹴った。




 院瀬見は目の前で動けなくなっている悪鬼を見つめた。その体はだいぶ切り刻んだせいで小さくなっている。長くて邪魔なムカデの脚は二度に分けて切り落とし、羽虫の羽もむしり取ってやった。かつては自慢の黒髪だったかもしれないそれは、二度も傑に焼かれ、攻撃に使われ邪魔な時は院瀬見が切ってしまったので、無残なざんばら髪になってしまっている。

「イギギギギギギギギィィ……ッ!!」

 悪鬼の女は、悔しげに歯軋りのような音を立てている。その顔に院瀬見は近づいた。そして拳銃を構える。

「……何を守り、何を憎んでいたかは知らないが、もう眠れ。お嬢さん。」

 院瀬見がそう言って引き金を引こうとした時だった。

 ババババババババッというサブマシンガンの発砲音が聞こえ出した。その瞬間、諦めていた悪鬼の目に暗い光が宿る。

「ア、アアアァァァ……ッ!!」

「?!」

 まるでバンシーの叫びのように空間を引き裂く声。悪鬼の目から黒い液体が流れ出て、口は顎が外れたのではないかと言うほど大きく開かれた。その顔面がどろりと崩れていく。

「しまった!!」

 院瀬見が発砲したが遅かった。バンッと衝撃波が放たれる。ズルっと溶けた頭から何かが這い出て、凄い速さで壁を移動する。そしてそのまま、窓を割って外に飛び出していく。

 この時、院瀬見はミスを犯した。

 悪鬼はてっきり、殺されまいと外に逃げただけだと思ってしまった。
 そして傑は、三階にいるものだと、少なくとも建物内にいるものだと思ってしまった。


「え?!うわあぁぁぁっ!!」


 なのに、悪鬼が出ていった瞬間、傑の声がした。瞬時に窓に飛びつき、外を見る。

 ちょうど屋上からロープで下降していた傑に、頭から脱皮して逃げ出した新しい悪鬼が飛びかかっていた。

 裂けるほど大きく開かれた口が傑の喉元に噛み付こうとする。それを傑はギリギリのところでサブマシンガンを噛ませて難を逃れた。しかしその人間離れした長い手足が傑の体に絡みつき、締め上げている。


「傑様っ!!」


 院瀬見は叫んだ。
 そして驕っていた自分を酷く憎んだ。

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(蚤の心臓なので「創作大賞感想」はご遠慮頂けますと幸いです。(noteの御感想に強いトラウマがありまして……))


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