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『星に願いを』第二話          ──七つ村に関する二つの手記と一つの付記と極秘文書三一九号──     

 あの日の朝。
 私は朝早くから一人、別館の小書庫の中で書物の整理をしていました。

 そんな時間から作業を始めていたのはひとえに私の指導係であるハルヤ様の提案でした。
「丁寧に。できる限り丁寧に。それは私たち司書の大切な心がけなのだがね。」
それはハルヤさまが私の指導係となって、確か数日が経っていたと思います。
「カナエ。あなたの仕事は大変丁寧で良い。それは素晴らしいことだ。しかし時間がかかりすぎる。それは問題だ。だから明日からは、朝食をとる前にここに来て作業を始めるように。遅れを取り戻しなさい。」
私の仕事ぶりを見ての判断なのでしょう。
 私はどうも、他の方々より仕事が遅いみたいです。

「お前運が悪いなあ。ハルヤ先輩は厳しいって話だよ。」
 ハルヤ様が指導係に決まった時、三つ年上で同じ見習い生のフェイが笑いながら言いました。
「あの人優秀すぎるんだよな。いきなり筆頭司書補だろ。できない奴の気持ちなんてわからないんんじゃないかってみんな言ってるよ。まあみんなはやっかみ半分ってとこもあるんだろうけどな。」

 ハルヤ様が厳しいのかどうか私にはわかりません。指導係のご指導を受けるのも、テイレのお仕事も、私にはどれも初めての経験ですから。
「作業手順は一通り教えてある。大抵のテイレはあなた一人でできるはずだ。だがわからないことがあったらその時は勝手に進めず、作業を中断し必ず私を呼ぶように。時間が許す限り、私も朝の六つ時には来るつもりだが。」
 でもハルヤ様は厳しいのとは少し違う気がします。いつも余計な事を言わず、必要なことだけ、短く明確にお話しされる。熟考し言葉を選んで無駄が無い人。ただそれだけ。
 そういうところが、周りの人に冷たい印象を与えるのかも。
 ハルヤ様はお優しい。私に付き合って早起きをしてくださる。実際早朝の作業が始まってから、ハルヤ様がいらっしゃらない日などありませんでした。
「それともう一つ。」
と、ハルヤさまは念を押すようにゆっくりと仰りました。
「作業中、読書は控えるように。」
 そうは仰りますが、その数日間、ハルヤ様がつきっきりでご指導してくださるので、私は本を読む時間など(お昼のお休みの時間とか寝る前とか以外には)ほとんどありませんでした。
「もちろんあなたが丁寧に仕事をしているのはわかっている。そのせいで時間が取られるのは仕方がない。だから私は付き合っている。またあなたが本を愛することも素晴らしいことだ。その点も私は好ましいと思っている。だが問題は別のことだ。あなたが我を忘れ読書に没頭し、作業が疎かになってしまうのは司書としていけないことだ。わかるね。」
 もちろんです。私がいけないのです。書物に囲まれ作業するのが司書の常なのに、ついその本に手を出して時間を忘れてしまうなんて。それでは仕事になりません。

 書物を守る民として、文字を読む力をつけるために、本を読むことは奨励されています。立派な司書になるために、広くて深い知識と高度な読解力を身につけることが大切なのです。けれども私は、本を読むことが好きすぎるというか、夢中になりすぎるというか。
 私はハルヤ様の指導を受ける前から、しばしば読書室に篭り時間の経つのを忘れ、度々舎監のお叱りを受けていました。
 それが局長のお耳に入り、とうとう私は局長室に呼び出されました。

「この一年で午後の学習に五回? 夕食に七回遅刻? 消灯時間を過ぎても部屋に戻らず、読書室で本を読んでいたことも度々? なるほどね。」
 局長は本や書類の積まれた机の間から顔をあげ、眼鏡を外し、私をじっと見つめました。
「なるほど。なかなか面白いね。」
そう言ってニヤリとされました。
 局長のお顔をお近くで拝見したのはその時が初めてでした。たくさんのシワが刻まれかなりのご年配の方のご様子。
「年寄りは珍しいかい?」
と、局長はにこりとされました。失礼だったでしょうか。村では年配の方をお見かけすることはあまりなかったのです。
 局長はおいくつなのでしょう。

「きっと俺のじいちゃんくらいだよ。」
 フェイのおじいさまはご健在で、確か探索部の後方支援課にいらっしゃると聞きました。
「おんなじくらいしわくちゃだもんな。」
と、フェイは笑います。でも祖父がいない私には見当もつきません。
「あ、悪いな。」
と、フェイはすまなそうな顔。私に気を遣ったのでしょう。
 でも気にすることはありません。フェイだってお父さんとお母さんを、早くに亡くしているのです。
 村は決して裕福ではなく、短命な人が多いのです。それに加えて探索部の人は危険も多いと聞いています。
 フェイのお父さんは探索部の人でした。

 私の家族は、物心ついた時から兄だけでした。
 兄は優しい人でした。私が司書見習いになれたのも兄のおかげでした。
「お前は賢いから司書部に行くといいよ。」
そう言って私を送り出してくれました。
 本当は兄の方が私よりずっと賢いのに。兄の方が司書部に行きたかったはずなのに。
「でも探索者も必要だからね。それに探索者は危険だよ。お前がそんなところに入ったら、僕は心配で死んでしまうよ。」
 そう言って笑って。兄は行ってしまいました。
 一枚の写真を残して。

「うん。もう行っていいよ。」
局長はそう言って書類に目を落とし、しかしすぐにお顔を上げました。
「いやあまり早く帰してはまずいか。何か読んでいくかい? ここにはね。見習い生が普段はお目にかかれないような面白い本がいっぱいあるよ。」
そう言ってまたにこりと微笑まれました。
 局長室で読書なんて畏れ多いことです。午後の学習が控えていましたし。この時、まだ私はテイレも未経験の見習生で、ハルヤさまのご指導も受けていませんでした。
「そうかい? じゃあ今日のところはまあいいか。そのうちまた来なさい。お前が興味を持ちそうな本を用意しておくよ。」
 局長は想像していたよりも面白い人でした。


 ここまで読んだイサキ様が、なかなかよく書けているねと褒めてくださいました。
「でもちょっと話題が行ったり来たりしてるかなあ。面白いけど。」
と言って苦笑されました。
「すみません。書いているうちに色々なことが思い出されて。どれもこれも丁寧に書かなきゃいけないと思ってしまって。でも先に進まないといけませんね。」
と申し上げるとイサキさまは少し考えて。
「いやいいよ。なるべくたくさんのことをお伝えした方がいいし。記憶違いがあってもいけないからね。君が見たまま、聞いたままをなるべくたくさん、正確に伝えた方がいいだろう。それにここまで来れば五の村にはもう少しだから。向こうについてからでもきっと時間はあるだろう。」
 そこでふと、私は思いつきました。
「でも私が見ていないこと、聞いていないことはどうしたらいいでしょうか。」
「それは私が書くから心配しなくていいよ。まあ、書くことはちょっと苦手なんだけれどね。とりあえず君が書けるところまでは書いてしまってくれないか。」
とイサキさま。
「わかりました。」と私。

 では。あの日に戻って先に進めましょう。          (2,870字)


前話 第一話 司書見習いカナエの手記① (1,288字)


次話 第三話 司書見習いカナエの手記③ (2,783字) 


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