見出し画像

#43 昔の自分に思いを馳せる

 私は、副主任・主任時代、大半のスタッフが敵だと感じていた時期がありました。といっても、みんなが意地悪をしてくるとか、無視をするとかではなく、正確には、私のことを「使えない人」「仕事ができない人」と思っていると思いこんで、勝手に心を閉ざしていただけなのですが。

 時間がたった今、当時のことを振り返ってみました。

 当時、大量退職後の大量入職で半分近くが新しい職員になったことがありました。もともと経験者のみ採用していましたので、専門の診療科の経験者がほとんどで、役職経験者も何人かいました。
 私は、その診療科経験はとても短く、自信もありませんでしたので、その診療科の経験を持ち役職経験のある新しいスタッフに気後れしていました。
 また、当時副主任でしたが、直属の上司がいなかったため、管理業務をすることも多かったです。

 一般業務をすることが少ないことが、気に入らなかったのか、その他の理由からなのか、そのスタッフは、私の副主任としての不十分さなどを彼女の同期に話すようになりました。そして、望んでもいないのに、その内容が逐一、いろんなルートで私のもとに入ってきました。

 聞いていた同期の若いスタッフは、賛同する人もいれば、ただ話を合わせているだけの人もいたようですが、当時の私にとっては「みんな同じように思ってる」としか考えられませんでした。
 そうなると、もう、ネガティブな考えしか浮かばないですし、相手を信用できなくなります。
 その同期たちと話すときはいつも「どうせ使えないって思ってるんでしょ」と思いながら話していました。そのうち、初めは顔を見てるのですが、相手が私の目を見ると逸らしてしまう…といった感じで、目を見て話すのも怖くなってしまっていました。

 実際は、中立的なスタッフもたくさんいましたし、私よりの立ち位置で励ましてくれたスタッフもたくさんいました。今思うと、私がみんなを一括りにして、被害者意識を持っていたために、気付けなかった優しさのカケラがいくつもあったのになと思います。

 当時、数名に言われた言葉に傷つき、憤りを覚えましたが、今思うと私自身も周りが見れていなかったですし、言った相手も決して全てを把握して言っていたわけではありません。でもそのことに気づけないほど視野が狭くなっていたのです。

 私は、言葉で説明することを諦め、ただただ言われるがままでした。パワハラって言われたらどうしようとか、揉めるくらいなら聞き流そうという思いが強かったです。
 今ならもっと毅然とした態度を取ったり、説明ができるかな…と思ったりします。私は、スタッフにとっていろいろ相談しやすい存在であろうと思っていました。実際にいろいろ意見を言ってくるスタッフは多かったですし、それに対して、できる形で返していきました。
 ただ、何か言われたときの私の中途半端な態度や、「大人しい感じ」を醸し出していたことが、「何を言っても怒らない人」という印象を持たせてしまったのだと思います。
 自信がなくても、あるように振る舞って、堂々としていたら違う関係性を築けたかもしれません。

 今は昔ですし、当時のスタッフは、私も含めて散り散りです。ああすればよかった、こうすすればよかったという思いもありますが、自分の性格、仕事の取り組み方、同僚との関係の築き方など、いろいろなことを考えるきっかけになりましたし、学ばせてもらいました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?