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「見えない手紙」 町子さんと小太郎

 十三日目。

 空っぽの郵便受けは、何日目に人を不安にさせるのだろう。
 我が家の郵便受けが空っぽになってから、今日でもう十三日目だ。それも数え始めた日からだから、もっと経っているかもしれない。ピザ屋のチラシも、先月買った洋服代の催促もなんにもないなんて、そんなことがあるだろうか。

 十四日。
 朝、布団の中でぐすぐすしていると、町子さんから電話がかかってきた。
「遊びに行くから、そろそろ起きて待ってて」
 二度寝したいところをがまんして、布団からはい出すと、窓際に椅子を置いて苦いコーヒーを飲む。十五分後、水色のシャツにフレアスカート姿の町子さんが、通りを歩いてくるのが見えた。玄関の鍵を開けに行こうと立ち上がると、がちゃん、ばさり、という音。

 いまのは、郵便受けの戸を開けて手紙を落とした音ではないだろうか?ずっと窓際にいたけれど、郵便屋さんは通らなかった。

「こんちは。はいこれ、ポストからはみ出してたよ。ずいぶん溜めたね」
 そう言いながら靴を脱ぎ始めた町子さんの手には、郵便物の束が握られている。洋服屋の封筒と、寿司屋のちらし、献血のお願い葉書その他もろもろ。

「二週間分はありそう。郵便受け、見なかったの」
「忘れてた」
 毎日三度は覗いていたのが恥ずかしくて、嘘をついてしまった。
「不用心だよ」
「あ、これ小太郎からだ」
 印刷された文字のなかに、小太郎の大きすぎる文字が躍る葉書を見つけた。
「なんだろう、電話すればいいのに」
 町子さんが葉書を横取りした。
「どれどれ、はいけい、こんど食事にまねかれます、だって。まったくあいつは」
 私は小太郎の葉書を、読みかけの本に挟んだ。
「小太郎のやつ、最近マカロニ料理に凝ってるんだって」と町子さん。
「自分で作るの?」
「まさか。食べるだけ」
「マカロニ、買いに行かないと」
「あいつが食べすぎるから、どこの店も売り切れ」
「ふむ。マカロニのかわりになるものはないかな」
「ちくわでいいんじゃない」

 それからまた、十四日が過ぎた。
 どこからも手紙はこない。新しくできたマッサージ屋のチラシも、電気代の催促もない。もう一度、町子さんにポストを開けてもらおうか。
 私はありったけの手紙を空っぽのポストに入れてみた。それからゆっくりと扉を開けた。 
 ポストの中は、空っぽだった。

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