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発信者はズルい

自分の問題を知るため、精神科医YouTuberを観る。

苦しんでいない人生ならば、精神科医YouTuberの動画など観ることはなかった。精神に異常をきたしているから観るのだから。

一方的な発信はしてくるのにこちらの疑問には答えない。

境界知能や引きこもり、自尊心喪失の問題も、毒にも薬にもならない情報しか発信しない。
それくらいなら僕も分かるよレベルの情報だ。僕らが欲しいのはその先なのに。

「あくまで一般論です」
とか
「責任はとれません」
という免罪符で肝心なところだけ流す。

それなら最初から発信しない方がいいと思う。

知的障害の認定を発達支援機構でされた時、僕は鬱っぽかった。
今思えば予想通り鬱だったが、問題はそれを知的障害だと認定してきた精神科医に相談した時のことだ。
「日光を浴びて体を動かそう」
とのこと。

今思えば明らかに不適応を起こしていた故のうつ状態だったので、僕が当時の僕にアドバイスをするなら「キャパ以上の仕事で無理をして鬱になっているので、正社員を辞めろ」と言う。

その精神科医のアドバイスではまず改善されることはなかった。原因が、運動不足や日光不足ではないからだ。
《不適応を起こしている》という想定はなかったのだろうか。その時点で指摘されていたら、自殺を考えるまで悪化することはなかっただろうし、自信も失わずに済んだ。

何より要らない傷が増えなかった。

ほとんど誰に相談してもそうだ。
親に相談しても気の持ちようだと言われるし、病院の心理士に客観的な心理診断のようなものをされたのだが、診断結果書は、こちらの悩みを全部オウム返しにされるだけという毒にも薬にもならないものだった。

感謝出来るのは、病院で軽度知的障害域の数値だと正直に告知してくれた医者と、そこに連れて行ってくれた母親だけだ。その母親もかなりズレた人間なので、頼りにはできないが。
ほとんど頼りにならなかった。理解はされなかった。

職場の人間は「甘えだ」とか「なんで出来ないの?」といった無理解かつ暴力としか思えないアドバイスや問いかけしかしてこない。
「甘えじゃないことを証明するのは悪魔の証明になるので無理です…」とか「頭の性能が悪いからできないんです…」とかで納得してもらえるんだろうか。

自己責任や努力不足の問題でないということは理解されるかもしれない。
しかしそれが分かるということは、よっぽど酷い失敗をしたとか、失敗の量が多過ぎたということでもある。
つまり解雇される時なのだ。

「努力で改善できならないなら来なくていい」

それに堪えて別の精神科医の元に行って、認知の歪みでも直してもらおうとしたが、心理士が居ないだのどうのという理由で断られた。大して効いているんだか効いていないんだか分からない薬を飲むだけ。

「自信をつけましょう」
「輝ける場所を見つけましょう」

それは分かっている。知りたいのはその《輝ける場所》を見つける方法だ。

自信をつけるためにハードルをできるだけ下げても上手くいかない。最低限の仕事すらこなせず、目的が達成できない。
成功体験を積みたいのに、微妙な失敗体験だけが増えていく。毒の沼に浸かっているような感じだ。

だから次第に精神が暗くなり、不安定になり、いつの間にか希死念慮と自殺企図を抱く。
そしてこの間にも精神科医YouTuberを見ていたが、気休めにしかならなかった。
その精神科医は「精神科医のYouTubeを観ることは、診察室での治療より効果がある」と言っていたが、YouTubeのレベルが高いのか、診察のレベルが低すぎるのか…。

少なくとも僕は診療でもYouTubeでも薬でも漢方でも効果がなかった。

最後は本当に自殺を企てた。病院の窓にストッパーが掛かっていなかったら、多分飛び降りていた。

そんな僕を鬱から救ったのはYouTubeでも薬でも診療でもなく、退職だった。

挑戦をしよう、努力をしようと頑張っていた美徳に走る人間を救ったのは、皮肉なことに惰性や妥協、手抜きであった。
努力でどうにもならなかったら脱力する────────

これは僕が上手くいかない人生で学んだ何よりの財産だった。

うまくステップアップをしていけない。ぬるい地獄が続くだけ。そしてそれは未来永劫続いていく予感しかない。
現段階でこなせないのだから、ステップアップなど出来るわけがない。
障害者雇用にまで下げても、今度は逆に椅子取りゲームの椅子が少なく、そして障害者とひとくちに言っても身体障害者向けの仕事と混同されているため障害者雇用の意味が無いと思ってしまう。入口のハードルがむしろ上がるのだ。本来ハードルの低い障害者雇用が全く受からないのに、一般求人にことごとく採用されるという歪でアベコベな現象が起こっている。というかそもそも障害者雇用や就労支援機関や作業所などを見た時、エンタメの専門学校を思い出してしまった。搾取されるだけ…。

「行動認知療法で直していきましょう」
いや、受けたいんだけど毒にも薬にもならないオウム返し結果を出されるか、心理士が居ないという門前払いをされるかの二択だ。

今上手くいっている人が本当に幸運に見える。というか僕が不運すぎるのかもしれないが。
「なんでみんな人生うまくいってるの?」
頑張ってはいるんだろうが、それは僕も同じだ。躓くこともあるのだろうが、僕はその数が尋常じゃないくらい多いのだ。

声優やアイドル、YouTuberの格差に似ているかもしれない。
かたや目立つ人は日々オーディションに受かる。目立たない人はモブ役ですら箸にも棒にもかからない、チャンネル登録者が1000人にも満たないでフェードアウトしていく。
生存バイアスだろう。
宝くじを当てた人がいるが、それは再現性がないというやつだ。どう頑張っても他の人間には無理。当たった本人ですらコントロールできないものであり、運が良かったと自認している。

確率自体を上げることはできる。ひたすら挑戦する事だ。しかし宝くじの1等は途方もない確率なので、どれだけ買っても当たらないことの方が多い。
しかも現実的な問題として、挑戦には回数制限や期限がある。その上、期限が迫るほど確率が下がる。これまで2000回で5%だったものが、5000回で2%くらいにまで落ちる。老いや病気といった、劣化という不利な属性を抱え始めるからだ。

もはや生きている世界が違う。
そしてその世界は歳をとるごとに差ができていく。

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