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難しい文章

難しい文章や説明だからといって、勉強になるとは限らない。

中身が空っぽだったりする。

国会の討論とかそうだけど、あえて小難しくして国民の目を誤魔化して政策を通そうとしてるということもあるだろう。
悪徳商法でも同じ。あえて商品の説明を複雑にして、何やら分からんまま客に押し付ける。

難しいものだからといって、それ相応の学びがあるとは限らないのはnoteもそう。
難しい記事があったとして、ただ難しいだけというのがよくある。
そもそも文章を書くのが下手だったり、世界観のすり合わせができていなかったりだ。
世界観のすり合わせというのは、物事の認識の話。知識が共有できているかどうか。
世界観がズレる典型的な現象は、身内ノリだ。

小難しい文章や説明だと思ったら、身内ネタだったということがある。
「知ってるかと思った」
いや、知らん。
ずっとそのコミュニティに浸かってるから、感性が麻痺してるよ…。
持ってる知識の差。ズレ。

頭が良くなった気にはなれるかも。良いことはそれくらい。
よくよく考えて、受け手に分かりにくいような文章や説明をする発信者は不親切なので、その時点でろくな奴じゃないだろう。
つまり国会はろくな場所じゃない。

だから無理して読解しなくていいぞ。
分からないのは自分の読解力不足じゃなくて、発信者が惑わそうとしてるか、単純に実力不足。

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