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【小説】連立のアキレス 第3話

 2021年10月8日の朝、「私」たちは柳本さんの事務所で夕方に行われる出馬会見の準備をしていた。

今回、自民党を離党する前提で出馬するわけだから自民の看板なくとも自分達の力で勝ちに行くために独自の政治団体「大阪の底力」を立ち上げた。地元に密着した小選挙区なら柳本さんを無所属でも議員にすることができると信じているが、未だに柳本さんは自民党辞められていない。
今回の会見で公になれば除名処分となるが、一波乱起きることは確実。しかし今の「私」たちからしてみたらどうでもいい。
「もう自民党には見切りをつける。除名されても構わない」
という柳本さんの覚悟ある宣言に「私」たちは同調した。

しかしそこに「私」たちの意気を削ぐような予期せぬ来客が迫っていた。
「柳本君、しつこく言うけど無所属での出馬はやめてもらえるかな?」
柳本さんの事務所にやってきたのは大阪の別の小選挙区から自民党公認で出馬する長尾敬・衆議院議員(当時現職)だった。
「今回の君の大阪3区の出馬の件で我々は混乱を極めている。君はそんな状況でも意志を曲げるつもりはないのか?」
どうしても今回の出馬を取りやめてもらうため、党本部から依頼を受けて訪れたそうだが、こちらだってこれまで辛い思いをしていたので簡単に取りやめるわけがない。
「党本部は懲りもせずに私の意向を受け入れてくれないのですね。何度言われても私は自民党を辞めてでも大阪3区で出馬したいのです」
当然柳本さんは食い下がるし、その場にいる「私」たちもうなづいたり、「そうだ」と同調して援護する。
「何もただ取りやめろとは言ってないだろ。なのにこちら側が提示した対案を受け入れずに地元の小選挙区への出馬にこだわりやがってよ。お前のせいで公明の推薦が得られなくなって落ちてしまう人が多く出るんだぞ!お前は自民党をつぶす気か!」
語気を強めて抵抗するも、ブーメランであることに気づいていなかった。
「元々公明の推薦を貰えていない長尾さんが言っても説得力ないですよ」
柳本さんは長尾の隙をついてきた。

 長尾は自民党の中でも中国への姿勢が反抗的であり、ことあるごとに中国の事を非難してきたため異質な存在だ。親中の自民党員からしてみたら厄介な存在である。そのこともあり親中派が多い公明党からは推薦を得られていない。ただネット上ではその反中姿勢に共感する人たちによって「国士」扱いされていると聞いているがどうも胡散臭い。こんなやつに柳本さんの出馬を止められると思っているなんて「私」たちも舐められたものである。

「そりゃ2年くらい前、柳本君は参議院議員選挙に出る予定だったところを無理やり大阪市長選に出させた後、何もしなかったのは自民党本部にも非があるのは認める。府連は不憫に思って君に『大阪3区支部長代理』という立場を与えただろ」
「それは府連の処遇でしょ?それで衆院選への出馬が確約出来たものでもないでしょ!私からアクション起こすまで何も考えてなかった党本部や選挙対策委員会を見ると、私が言わなければそのまま放置するつもりだったんでしょう」
党本部からの依頼で来ていた長尾を丁寧ながら強烈な言葉のパンチラッシュで攻めていく柳本さん。あと少しで長尾を引かすことが出来ると思った瞬間、思わぬ人物が現れた。

「たしかに2年前の件はこちらとしても申し訳なかった。だが今回の柳本君の行動は目に余るものがあるよ」
「選挙対策委員長…と叔父さん」
それは自民党の選挙対策委員長と柳本さんの叔父にあたる柳本卓治元・参議院議員だった。
「顕…もう大阪3区での出馬は諦めよう…」
叔父である卓治さんが柳本さんに出馬取りやめようと請願してくるが、取り合うつもりはない。
「いくら叔父さんのお願いでも今の私はどうしてもここで出馬したい。選挙対策委員長、私は2年前の参院選に出馬させなかったことを許せません。除名処分をしても構いませんので、取りやめには応じません」

「そうか…普通なら除名処分相当だ。だが我々が不利益を被るのであれば自民党のまま、比例に置いておいた方がいいと判断した」
「顕…無所属だと出来ることが限られる。大阪では維新に実権を握られているけど国政では与党の自民党にいたら住民の声は通りやすくなり色々実現できるんだぞ。だから頼む、比例で出馬してくれ」
「悪いようにはしない。今回の一連の騒動は全て不問にするから、どうか自民党を辞めたり無所属で大阪3区での出馬は辞めてほしい。これは本気でお願いしていることを理解してほしい」
自民党本部、選挙対策委員会はともに柳本さんを押さえつけるのに必死だった。
揺れ動く柳本さんに「私」は喝を入れた!
「そんな言葉に惑わされないで下さい!あなたは私たちの希望。私たちが票をかき集めれば勝てるんです!」
「そ、そうなんだけど…離党か除名されなければ小選挙区に出馬できないのであれば一旦党を信じて委ねるしかない」
「そんな…」
「大丈夫だよ、今日のところは連中を帰らせてその気にさせておいて、最後にはやっぱり無理と離党届をつきつける」
一旦落胆させておいて「私」にだけコッソリと自分の今後の算段を打ち明けてくれた。こうして柳本さんは党本部の対案に乗るフリをしてきた。
「いいでしょう、今日のところは会見を延期し一旦党本部の待遇を待ちます。ただし条件があります。後日提示される比例の待遇が満足いくものでなければ離党と無所属への出馬を認めてください」
柳本さんだって対案を簡単に飲むつもりはなかったようだ。いくら当選が確実な比例単独名簿上位でも、私たちの意思を尊重して保留してくれた。そして簡単には飲まないという意思表示もしてくれたのだ。
「わかった…その要求を受け入れよう。待遇については後日連絡する」
党本部からの刺客・長尾と選挙対策委員長を退かせる事に成功した私たちだが、何処か不安になった。あいつらは確実に柳本さんを確実に当選できる位置に入れるに違いない。そして拒否させない、離党をさせないようにする…奇しくもその予想は的中することになる。

「選対委員長、柳本くんは素直に比例に乗ってくれますかね?」
「いや、あの顔は例え比例名簿1位を提示しても受け入れられないから離党するという意思が表れている。彼はもう党本部や選対を信用していない。あれはどうしても地元の小選挙区で出馬したいという顔だ。もう強制させるしかない」
「ちょっと待ってください。それだと近畿ブロックでは自民から落選者が多く出ますよ。ただでさえ維新に押されている状況なのに、こんなことされたら…」
「柳本君が大阪3区に出馬したら、それこそ過去に我々が下野してしまった時に戻すつもりなのか!?被害を最小限にするにはこういう犠牲も必要なのだよ」
帰る道中、選対委員長に質問した長尾は自分たちが「公明党との連立維持のための駒」にしか見られてなかったを実感した。これが大阪の小選挙区に出馬する自民党候補者達が不信感を抱くものとなった。

 第49回衆議院議員総選挙の公示が迫った10月14日、リモートで自民党本部の幹事長から条件が柳本さんに提示された。
『柳本顕君、貴殿を第49回衆議院議員総選挙において自民党公認で比例近畿ブロック名簿の単独2位で出馬をさせる。異論はないか?』
結局は党本部としては比例の中でも当選確実の位置に組み込むことで事を終えようとしたが、柳本さんは最後の抵抗に出た。
「異議あります。この待遇には不満があるので受け入れられません。これは大阪3区の有権者に選択肢がないままで何の解決にもなっておりません。この待遇で私を押さえないでいただきたい。よって先日お伝えした通り満足いく待遇ではないので離党届を出しますので受理を希望します」
「私」たちのために当選確実と言われる待遇を蹴ってまで選対に抗う柳本さん。当然だが幹事長だって柳本さんの要求を認めるわけにはいかず、なんとか比例に落ち着かせる為に反論する。
「後ろにいる支援者の選択肢になる為かね?」
「それだけではありません。自民党が出馬してない選挙区の無効票の割合をご存知ですか?自民党が出馬しているところの4倍くらいですよ。自民支持者でも公明党に入れたくない人がこれだけ多い事を鑑みてみると支持者の選択肢を与える為に無所属で出馬する方がいいと判断しています」
『そうか…だがそういうのは我々にとってはどうでもいい事だ。自民党と公明党の関係を維持する為には犠牲も必要という事だ』
その事に「私」の堪忍袋の尾が切れた。
「柳本さん、変わってください!お言葉ですが幹事長、私達はかれこれ20年以上自分の選挙区に自民党候補がいなくて投票に行く気が起きなくなることもありました。それを打破する為に柳本さんは自民党を敵に回してでも無所属で出馬してくれること選んでくれたんです。それをあなたたちの都合で潰されるわけにはいかないのです!」
我を忘れて自民党の幹事長にくってかかってしまった「私」。ありったけの怒りをぶつけたら…
『言うねえ君も。じゃあ比例だけ自民党に入れたらいいよ。そうすれば柳本君を確実に議員にできる。無所属議員の意見なんてすぐに弾かれるよ。ここは大人しく受け入れなさい』
上から目線で小選挙区出馬取りやめの請求を続けてくる。私も負けられないと思い反論を続ける。
「何が比例単独2位ですか、比例が1議席しか取れなかったら意味ないじゃないですか?」
『これまで近畿ブロックで比例が2議席以下というのは聞いたことがない』
「確かにそうかもしれませんが、今の近畿だとあり得てしまいます。そんな比例よりも私たちが動けば当選できる大阪3区での出馬を認めてください。柳本さんも先日『後日提示される比例の待遇が満足いくものでなければ離党と無所属への出馬を認めてください』とお伝えしましたよね?その約束も反故するつもりですか!?」
『約束を反故する代わりに柳本君の今回の騒動は不問にするうえで厚遇するのだ。君達のエゴで自民党が再び下野することや、過半数いかずに政権運営がうまくいかなくなる事は避けたいのだ。わかってくれ!』
党の運営を第一に考えてる党本部の主張に呆れるしかなかった。
「わかりたくもありません…柳本さんからも言ってください。ほら離党届をつきつけて、無所属で大阪3区の選挙に勝ちましょう」
「私」は党本部の言う事を突っぱねて、柳本さんに離党届の提出を促したが、柳本さんの次の言葉にあいた口が塞がらなくなった。
「もういいよ…これ以上見苦しい言い争いはよしましょうよ」
「え…」
「私・柳本顕は今回の比例近畿ブロックの単独2位での出馬を了承します。これまでご迷惑をおかけし誠に申し訳ございませんでした」
柳本さんは折れてしまい比例での出馬を認めてしまった。
『よろしい。後ろにいる支援者の皆さん、小選挙区は棄権しても比例を自民に入れてくれたら柳本君を確実に国会に送り出せるので何卒よろしくお願いします』
確かに私たちが比例を自民に入れたら確実に柳本さんは当選するだろう。でもプライド捨ててまで自民に縋り付く柳本さんに納得いかなかった。しかし隠れて涙が流れているのが見えて、本当は悔しい事を悟った柳本さんを見て黙るしかなかった。結局柳本さんが比例を受け入れて事は収束し、「私」たちの選挙戦は当選確実ではあるが、「大敗」の結果となった。当選確実のなか行われる選挙活動ほど空虚なものはない…

続く

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