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【小説】連立のアキレス 第4話

 10月16日、延期にしていた柳本さんの出馬会見。本来は自民党を離党して無所属で小選挙区・大阪3区で出馬する予定だったが、自民党の連立相手である公明党への配慮を優先されて、比例名簿上位に組み込まれてしまい会見内容の全体的な変更を余儀なくされた。
「支援者の皆さまの声を聞いて、振り上げた拳でありましたけれども、片手で頭を押さえつけられるかのように私自身身動きが取れない状況となってしまいました。本当は自民党から大阪3区に出馬したかった。それが無理なら離党して無所属で出馬しようとしましたが、それも許されず比例での出馬と相成りました」
会見で語った1つ1つの言葉に悔しさがにじみ出ていた。そしてせっかく用意した名前入りのタスキを使う事も公職選挙法の関係上使うことが出来なくなった。それだけではなくポスターも貼ることも、ハガキを配ることも許されない。こうして柳本さんの選挙戦は幕を閉じたと言っても過言ではなかった。

 10月19日、総選挙の戦いの火ぶたが切られた。柳本さんは大阪3区の公明党候補の出陣式の来賓で足を運んでいた。本来ならば同じ選挙区内で火花を散らす予定の相手だった公明党候補のうしろに立つ柳本さん。出馬騒動の禍根はまだ残っているだろうにお互い表情には出さなかった。そんななかで公明候補の応援団と候補当人が演説して締めの鼓舞に入る。
「公明党は勝つぞ~」
「おーーー」
柳本さんはこの時こぶしを突き上げてなかった。因縁の相手に高くつき上げるほどの相手ではないということなのだろう。
「自民党は勝つぞ~」
「おーーー」
だが後に言われた自分の党の事に関しては盛大に拳を突き上げた。気づいた人はそんなにいなかったが見えた人からしてみれば「わかりやすいな」と思っただろう。
 
 出陣式を終えて事務所に戻ると出陣式に参加した自民党の一部の面々からの愚痴が聞こえてくきた。
「当選確実なんだから気楽でいいよな~」
「上手いことやりやがって。柳本のせいでこちらは大変だって言うのに」
うまいことやりやがった?ふざけるんじゃないよ!大体比例出馬の為のポーズと言われているが、比例優遇の対案なんてものは私たちは望んでいなかった。自民党本部に振り回される可哀想な男に対して酷い言い様だ。同日夕方街頭演説では小選挙区で出馬できなかった悔しさを包み隠さず言い放った。
「私の名前・柳本顕は10月19日に自民党にかわりました」
タスキをかけずに訴えかける柳本さんは気丈にふるまうもどこか寂しそうだった。

 柳本さんはこの選挙期間中、演説の度に何度も「比例は自民」を連呼し続けていた。自身が当選するためには近畿ブロック内で大量の比例票を獲得しなければならないが、比例名簿単独2位ならそこまで必死に訴える必要はない。それでも柳本さんが「比例は自民」と悲痛なほど訴える理由が別にある。それは小選挙区に出馬している自民党の同胞が万が一小選挙区で落選した場合、比例復活で救い上げる為である。
 
 比例復活は現行の日本の総選挙にて行われている「小選挙区比例代表並立制」を活用したものである。小選挙区で落選しても、比例に重複して立候補しておけば比例復活で当選する事ができる。大阪の場合は比例近畿ブロックにあたり定数は28。そこからドント式で自党に割り当てられた議席数分、比例単独候補や小選挙区の落選者のうち惜敗した候補者が入る。自民党の場合、優先して議員にしたい比例単独候補を入れて、その下に重複立候補を入れるのが通例となる。重複立候補者のうち、落選した自身の小選挙区の得票を当選した相手候補の得票で割った「惜敗率」が高い順に比例復活当選ができるのだ。ただ自民党では小選挙区に立候補した全員が比例に重複立候補できるわけではない。まず満73歳以上は定年という事で比例重複立候補ができない。また小選挙区に負け続けている候補にも比例重複が認められない場合があるのだ。
 戦況としては大阪の小選挙区は維新と公明が優勢の状態だ。他の都道府県は自民が優勢であるところが多い中、大阪だけは全滅の可能性が高いという予測が立てられている。そんな中、比例枠を柳本さんの単独候補の為に1つ割いたもんだから比例復活の可能性を縮めてしまった。そんな当人は自分のせいで厳しくなった戦況の中、1人でも多く救い上げる為に訴え続けてきた。
 ある日、大阪市の北区を中心とする小選挙区・大阪4区の自民党候補Nと一緒に選挙カーの上で街頭演説をしていたときだった。ここでも柳本さんは「比例は自民党にお願いします」と訴えていたのだが、それに対して小選挙区の候補者Nは「比例は公明党にお願い致します」と連立相手を立てるように公明党への投票を訴えていた。

 この演説終了後、小選挙区候補者Nの選挙事務所で柳本さんは責められていた。
「柳本さん、いい加減にしてくださいよ!大体あんたのせいで公明党との関係が決裂しかけたから、公明党をたてるために『比例は公明』を訴えているのにあんたは『比例は自民』てふざけているのか?」
Nは今回の柳本さんへの処遇により不利な戦況になっていることが不満で、原因となった柳本さんに怒りをぶつけていた。しかし柳本さんはこれまでの不遇をダシにして反論する。
「だいたい2年前、出たくもない大阪市長選に無理やり出馬させるられたうえ、参院選への出馬も辞退させられました。責任は党本部と選対にありますので、文句はそちらに言ってください」
「だからといって自民党と公明党にケンカ売るような行為をしていい理由にはならない!貴様のせいで私たちが苦戦しているんだぞ」
「それに責任を感じて『比例は自民』と私が訴えているのではありませんか。私だってキツい思いをしながら戦っているのですから」
柳本さんが大阪市長選に落選したとき、このNを含めて周囲は柳本さんを祭り上げていたのに負けたら都合良く切り捨てた。そんな中でも柳本さんは大阪自民の仲間を見捨てずに救おうとしているのに酷い言い方で責めていく候補者Nであった。柳本さんは丁寧に応戦しているぶん醜いったらありゃしない。
「わかりましたよ。もし何らかの形で当選したとしても私たちは柳本さんと一緒にやっていくつもりはありませんから!」
Nは捨て台詞を吐き事務所の奥に入っていった。奇しくもこの言葉が現実のものになろうとはこの時思ってもいなかった。

 また他の選挙区でも「比例は自民」「比例は公明」を巡って言い争いが起こった。
「柳本さんねえ、あんたは当選して国会行く事決まってるんだから、私たちの邪魔をしないでください」
この日も少し前の演説で「比例は自民」と訴えていた柳本さんを咎めてきた大阪1区の候補者O。それに対して、
「Oさん達は羨ましいですよ。小選挙区から出馬出来て」
と的からズレた話で切り抜けようとする柳本さん。
「比例単独2位で余裕で当選できるあなたのセリフではありませんね」
その返しに呆れてしまったOは仕方なく柳本さんに話を合わせた。
「私は自民党にいる間、地元の小選挙区から出馬しようとしてもできなかった。自民党を離党して無所属で出馬してやろうとしても止められた。その結果、比例単独候補ですよ。わかりますか、小選挙区から出たくても出られないこの辛さを?」
「公明党との関係を考えれば当たり前です」
「考えてみえください。もし新たに自分の小選挙区が公明に奪われたらどう思いますか?」
「受け入れますよ。その代わり比例優遇を貰いますね」
「そういう考え方出来るOさんがうらやましいですよ」
「私は柳本さんが羨ましいですよ。ちょっと地元の小選挙区で無所属で出ますよと牽制かけて比例の単独上位候補ゲットして、悠々の選挙演説。当選は確実だから何しなくて良い」
Oが柳本さんに話を合わせた結果、平行線な皮肉の言い合いになってしまい「私」が止めに入る。
「いい加減にしてください!柳本さんはあなた達の都合に振り回されて一昨年、大阪市長選に出馬させられたうえ負けた。市長選出馬のため参議院議員選挙に出馬出来ずに燻っていたんですから。大体Oさん、あなたが議員辞めて出馬してくれたら良かったんじゃないんですか?」
私が割って入るとOは急に黙り込む。これまで自分達の都合で柳本さんを使ってきたのに、意趣返しをくらってしまい苛立っていたが、原因が自分にあると認めたくないのだろう。認めるくらいなら沈黙を貫く方向に舵を切ったOを見て「私」は憐れむことしか出来なかった。大体こういう時に柳本さんがいう「比例は自民に」は道理的に正しいはずなのだが、公明党との関係に依存しすぎて「比例は公明」と主張している小選挙区の自民候補者達がおかしいのだ。
 「私」達は自公関係を終わりにできればと思い動いてきた。だがその思いは当然党本部からは弾かれてしまい、頼みの柳本さんも党本部に操られてしまった。更に追い討ちをかけるような出来事が起ころうとしていた。

続く。

 

#創作大賞2024 #お仕事小説部門

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