Honeymoon in Hokkaido〜自然と動物編〜
需要があるかは別として、今回は今までの「Honeymoon in Hokkaido〜旅のはじまり〜」「Honeymoon in Hokkaido〜人間編〜」に続いて、最終回の旅で出会った美しい北海道の自然や動物について書いていきたい。
まず初めに、今回の旅を通して実感したこと、それは、「北海道はでっかいどう!」おそらく北海道に行ったことがない方はこの言葉を面白おかしく受け取っているかもしれないが、北海道は本当におっそろしく大きく広い。私たちは車で旅をしたが、次の目的地まで近くて車で1時間というのが当たり前の世界であった。
今回の私たちの旅の軌跡を簡単に説明すると、新千歳空港で車をレンタルし、そのまま富良野、美瑛、旭川を経て知床に行き、知床から羅臼まで行った後、足寄、十勝を通って最後は高速道路に乗り、札幌まで戻るというルートを辿った。
牛の瞳に魅せられて
基本的には運転というドライブ旅であったが、ドライブしているだけでもすごく楽しかった。というのも、周りの自然がそこらの自然とはレベルが違ったからだ。道路を取り囲む山々は壮大で、しばらくすると悠々たる草原が広がる。広大な土地でのんびりと過ごす牛や馬の群れに何度も遭遇した。放牧された牛の群れを見かけた時は、思わず車を止めて、彼らの様子をじっくり眺めた。
牛はのんびりとリラックスしていて、私たちに興味を示し、何頭かは私たちが彼らをじっと見つめているのと同じようにまた、私たちのことを見つめ返した。彼らの目はとても優しく、そこからは聡明さすら感じた。彼らの眼差しは私に彼らも私たち人間と同じ動物なんだなと実感させた。そこから私はなんとなく、牛肉や牛乳をむやみに食べたり飲むのは控えたいなと思った。また同時に、それらをいただく時はもっと、命のありがたみを持って食べようと思った。
道中で出会った狐
道中、狐にも何匹か遭遇した。私は初めて狐を見たのだが、彼らが想像以上に可愛かったのでとても驚いた。遭遇した内の1匹は子どものようで、その狐は猫や小型犬ほどの小ささでとても痩せていた。
彼は私たちに全く物怖じすることなく、タタタッと軽やかに車の前方から駆け寄ってきた。私たちはもちろん車を止めて、彼の様子を車内から興味深く見ていた。
すぐに逃げるかと思いきや、彼はそのまま運転席の横まで駆け寄ってきて、ちょこんと座って私たちを見上げた。狐はもっと鋭い目をしていると想像していたが、彼の目は鋭いというよりは丸みを帯びていてとても可愛かった。彼は犬と猫のかわいさを両方掛け合わせたような愛しさを持っており、私はつい、彼の頭を撫でに行きたいような衝動に駆られた。
彼はきっと餌が欲しかったのだろう。じっと私たちの目を見つめ、利口に彼が訴えているのが痛いほど伝わった。しかし、ここで私たちが餌をあげてはいけないと私たちは泣く泣く車を発車させた。
と、すると、バックミラーから彼がトコトコと車を追いかけて走ってくる姿が見えた。その姿はとても健気で私たちはその姿に車を止めずにはいられなかった。再び車を止めると、彼はまたもや運転席の横側に来て私たちを見つめた。
おそらく、観光客の中には野生の狐に食べ物をあげてしまう人がいるのだろう。
彼の静かな訴えを振り切るのは辛かったが、私たちはまたもや車を走らせざざるお得なかった。今回も後ろから追いかけてくる彼の姿が見えたが、私たちは車を止めることなくどんどん加速させていった。その内、彼の姿も見えなくなった。
余談ではあるが、最近カナダでも野生の狐を見た。しかし、カナダの狐は北海道で見た狐のように可愛いという印象はなく、ひと回り大きく、ふさふさした大きな尻尾をもち、その姿はまさしくズートピアに出てくるニックにそっくりだった。もしかしたら、狐が可愛いのは日本だけなのかもしれない。
知床の圧倒的大自然
私が北海道旅行で最も感動した景色を挙げるとするならば、なんといっても知床だろう。特に知床五湖は印象深い。
私たちは雄大な山の中を運転し、知床五湖に向かった。途中、ちょうど道路がカーブの下り坂になっている地点があった。そこには左手に海が広がり前方には山々が聳え立ち、下方には小川が流れているという素晴らしい景色が広がっていた。私は下り坂の途中ではあったが、思わず旦那さんに車を止めて欲しいとお願いした。
私たちの後から来た車も次々と車を止め、私たちと同じように車の外に出て景色を眺めていた。
目の前に広がる壮大な景色には、思わず車を止めて立ち止まらずにはいられない、そんな圧倒的パワーがあった。
それは、私たち人間が忙しく過ごす時空とはまた違う時空でずっしりと確実に存在しているようだった。私は心がブルっと震えるような感じがして、感動して涙が込み上げた。
自然に感動して涙が出たのは初めての経験だった。
知床五湖には、大ループと小ループの2種類の湖周辺を散策できるガイド付きツアーがあったのだが、私たちは時間の都合上、ツアーには参加できず、無料の高架木道を歩くことになった。
結果として、高架木道だけでも十分に楽しむことができた。
高架木道の下一面には湿原が広がっており、タイミングよく雲間から太陽が顔を覗かせ湿原を照らし、辺りはきらきらと光っていた。また遠くに野生の鹿が見え、彼らの姿はどこかもののけ姫の世界観を連想させ、それはそれは幻想的な世界だった。
高架木道に広がる世界はまるで地球にある天国のようにも見えた。
また高架木道をしばらく歩いて後ろを振り返ると、雄大に聳え立つ知床連山を見ることができた。
ここの空間だけ時間がゆったりと、湿原が風に揺られるのと同じように流れているようだった。
森は動植物が主役
知床五湖を後にし、羅臼に向かって車を走らせていると、何度か森の中に鹿がいるのが見えた。
道路には鹿の飛び出し注意やヒグマ出没注意の看板がそこら中にあった。私たちは、半分動物見たさにワクワクしながらも、動物たちが飛び出してこないか常に注意しながら運転していた。
と、突然、前方道路のちょうど反対車線、でも限りなく中央線に近いところから牡鹿が道路を横切ろうとしているのが見えた。私たちは慌てて車を止め、彼が道路を渡り切るのを待つことにした。
しかし、彼はびくともしない。私たちは、鹿の方が慌ててその場を去っていくと予想していた。
むしろ、彼は堂々とそこに立ち「早く行きなさい」と私たちに諭すかのように私たちの方を見た。
私たちは、彼の指示に従い、車を先に走らせることにした。彼は堂々と私たちが行くのを見届け、私たちはバックミラーから彼が悠々と道路を渡っていく姿を見た。
北海道、特に知床や羅臼では動物注意の看板に加えて「森は動植物が主役」と書いてある看板が目立つ。
森には動植物が築き上げた世界があって、私たち人間はそこにお邪魔させてもらっている。牡鹿からそんなことを教えられた気がした出来事だった。
羅臼から見えた北方領土
小学生の頃、社会の授業でで北方領土「択捉、国後、色丹、歯舞」と習った時、その地図帳の端っこにあるその島の名前たちを一生懸命呪文を唱えるようにして覚えていたのを思い出す。当時の私にとっては、その島たちは日本とは言えど、遥か遠くにあるどこか遠い存在に感じていた。
そして大人になった今、羅臼に到着して海を眺めた時、驚いた。
あんなに遠い存在に感じていた北方領土の国後島が目前に広がっていた。船に乗れば30分と経たないうちに到着できそうな距離にあるんじゃないかと思う程の近さだった。
私は北方領土問題に詳しくはないが、こんな目の前に自分たちの領土があるのにその土地に気軽に足を踏み入れないのはなんて歯痒く辛いことだろうと想像した。
そこから北方領土問題は私にとって他人事じゃなくなり、関心を持つきっかけになった。
旅を振り返って
北海道は果てしなく広く、そしてそこに広がる自然は全てのスケールが大きく壮大であり、また人々もその大自然とそこに根ざす生態系を守りながら暮らしていることに感動した。
また知床に向かっている時には、日本の果てまで来てしまったんだなという漠然とした不安がよぎった。と、同時にこんな日本の果てに車で容易に辿り着けることはとても有難いことだと思った。どこまでも果てしなく森が広がる北海道の土地をヒグマ等の危険が伴う中、命懸けで開拓して下さった先人たちを思わずにはいられなかった。
改めて、今の私たちは祖先が築き上げてくれた基盤があるからこそ便利に生きていけているのだと気付かされた。
今回の旅は、ハネムーンではあったが、2人でラブラブのひと時を過ごしたというよりは、大自然やそこにいる動植物、人々に触れ合い、これからの2人の生き方を問われているような、感じることや学ぶことが沢山あった旅であった。
そして何より、旅行先を旦那さんの意見に従って北海道に変更したことは大正解だった。
ここまで長い長いハネムーンシリーズを読んでくださった方ありがとうございました。
興味のある方は 旅のはじまり、人間編も読んでみて下さい。↓