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己を守れ、バカになれ。その参

その日。
いつものように掃除用具を車に積んで出かけた。
前の週の退出時次回の訪問の確認はしてあった。その時顔は見せてくれなかった。
「ちょっとお顔だしていただけますか?」との問いかけに
「いいえいいです」
「なにかお困りのことはございませんか」
「ありません」
「体調はどうですか?何かあったら連絡ください。」
「はい」

次の週行くとドアには鍵がかかっていた。
もとより玄関の鍵は預かっていない。
呼び鈴をおす。
こえをかける。
返事はない。
おでかけ?散髪とか…。
倒れている?助けを呼べないほどに辛い?
そして最悪が頭をよぎる。
郵便受けには前回の清掃の訪問日の翌日からの新聞がたまっていた。

支援計画をたてサービス支給量を管理する相談室に電話をかけ指示をあおぐ。市役所のケースワーカーに伝えて折り返しますとのことだった。

玄関も窓も鍵がかかっている。
唯一開けてある風呂場の窓も手が侵入できないほどの狭い間隔でフェンスが取り付けられている。
もう一度家の回りを窓を叩き声をかけながらまわってみると、台所の照明が点いていることに気づいた。
さらに声をあげて呼び掛けてみる。
家の外から電話を何度もかけてみた。
しばらくそうしていると相談室から電話がかかってきた。
とりあえず、帰ってよいとの返事。
誰も駆けつけてこないのにこの状態で帰れと?
あんたらの仕事はここまでだよ、
ということかと情けない気持ちになった。
考えてみれば鍵も持たされていない。
何の権限もないのだ。
加えてこういう非常時にはどう行動するかというマニュアルも不完全だった。
あとは相談室にまかせるしかなかった。

夕方、相談室か電話があった。
家のなかで亡くなっていたとのことだった。

ああ、やっぱりな
もう仕方がない
これで終わりだ、終わろう。
他にも仕事は待っている。

しかし気持ちを切り替えることは、そう単純にはいかなかった。







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