見出し画像

己を守れ、バカになれ。その壱

私の仕事は障害児者の訪問介護士。

ここ3年精神に障害がある方40代の方のサポートをしてきた。
人生で初めて担当した利用者だ。
最初の頃はまだその人は家族と暮らし、
まずまず人並みの暮らしをしていた。
自室で過ごしてはいるものの食事は家族ととり、美容院にも出かけ、風呂にも入る。
精神科で診察も受けていた。
私の役目は当初は診察に付き添うというものだった。
月に一度の通院。
コロナウィルス蔓延時期だけに様々なことに気を遣わねばならなかった。
マスク、検温、消毒。
乗車前のそれらの確認は必須だ。
マスクはなんとかしてもらえたが、
アルコールは受け付けず消毒用のウエットシートで苦労して手を拭いた。
検温もうまく行かない。腋窩の検温は拒否、
ずっと寒いところにいるらしく冬は非接触の体温計は計測不能だ。
おまけに迎えの時間に一分でも遅れるとその日は診察には行かない。
そんな時は年老いた家族が薬のみ求めに行くという状況。
だから、神経を使った。
すこし小高い丘の上にある住まいへ行くために冬はスタッドレスを早めにはき、
本来なら時差信号機であるべき交差点の信号をタイミングよく通過するために早めに事務所を出る。
そうしてこの3年、1度も遅刻せず迎えに行くことができた。
ジリジリとにらんでいた件の信号機はいつの間にか時差式に取り替えられた。
そしてはじめは無言だったその人が徐々にこちらに反応してくれるようになった。
アルコールも拒まなくなり、コミュニケーションもとれるようになった。
会釈やうなづきに始まり2年たつ頃には「よろしくお願いします」「ありがとうございました」「帰りに寄りたいところがあります」
など話しかけてくれるようになった。

ところがその人をなんとか「人並み」の暮らしにつなぎ止めていたたった一人の家族がある日突然入院し独居となってしまった。

経験の浅い私は、これがその人にとってどういう意味をもつのか、このときは考えようともしなかった。
いや、アクションを起こすことの必要性にうすうす気づいていたのに覚悟がなかったのかもしれない。踏み出せばあとはどうにかこうにかなったのかもしれないのに。













この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?