なんてことない幸せな日々

 春の匂いがする。冬靴で外を歩くのは少ししのびないが、まだ中途半端に溶けている雪や氷が残っている。一昨年の春に下ろしたばかりのローファーは結局二シーズンくらいしか履かずに靴箱の中。せっかくの陽気なのだから引っ張り出したいけれど、まだ少し早い。
 ベージュ色のピーコートをブレザーの上に羽織り、リュックを背負う。これが最後の投稿だ。感傷ともいえる寂しい気持ちに浸りながら通学路を歩く。この道を毎朝歩くことはこれからなくなるのだ。長かったようで短かった高校生活もこれで終わり。そう思うと、大して思い入れの無かった学校生活も惜しく感じてしまう。
 じゃり、じゃり、と氷の欠片を踏み歩き、遊ぶ。まっすぐな道も、すぐ先に見える駅の階段も、見慣れているものだけど、今日だけは哀愁が漂っている。まだ肌を刺す冷たさの風が頬を撫でて身震いをする。マフラーを持ち上げて、口元を隠す。ずび、と鼻をすすれば、まったくもって真冬の仕草だった。
 正直に言って、高校は嫌いだった。そもそも学校というものが肌に合わなかったのだ。一つの正方形の教室で、規則的に並べられた机。何も疑問を抱かずに授業を受ける同級生たち。それが義務教育から続いて十二年。ようやく解放されるというのに、心にあるのは寂しさばかりで解放感なんて一ミリもなかった。私も人並みに学校への思い入れがあったんだなと感慨深くなる。到着した駅の階段を一段飛ばしで上っていって、待合室に入れば同じ学校の友人も、他校の友人も、交わってなんとなく会話をしている。いつものだるさを残しつつ、最後を惜しむ会話は、卒業する人たちそのものだった。
「おはよ」
 私もその中の一人として混じっていく。なんてことない、ただの卒業生という顔をして。
 友達とお揃いのキーホルダー。教科書が入っていない軽いリュック。
 ポケットに入れたカイロを握りしめながら通学電車が来るのを待つ。いつもより大きく聞こえるざわめきに心臓が締め付けられる感覚をおぼえながら、私は友人に向けて笑顔を作る。ざわめきがうるさく聞こえるのを誤魔化すように笑った。今日だって、なんてことのない学生生活の中で普通の一日だ。

 

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