見出し画像

盲腸

赤ちゃんはどうしたら生まれるのか。
自分はどこから来たのか。

子供が抱く最初の疑問かもしれない。
私も親になり、幼い息子にも娘にも聞かれた。
こう答えた。
「男のひとが持っている赤ちゃんの命は白
女のひとのは赤。
ふたつあわせるとピンクになるでしょう。だから赤ちゃんはピンクなの」

質問に対して酷いはぐらかしで、まっすぐな答えではないのだが、子供たちはなぜか納得したようだった(笑)。

ニューストピックにこういう見出しがあった。

今でも信じている子供の頃に教えられた大嘘


何度か書いているが、私の母は私を生む時に死にかけてずっと入院していた。生来病弱だったので私は伯父伯母に育てられた。
夫婦には実子はいなくて、私は実の親よりも彼らを慕い、彼らも私を過保護なほど可愛がって育ててくれた。

ある時
「ママはなんで子供がいないの」
と聞いたことがある。4.5歳の頃だったろうか。
伯母はこう言った。
「ママは盲腸切ったからねぇ」

当時は虫垂炎を盲腸と言っていた。看護師の伯母の言うことだから私はすぐ納得した。
小学校に上がり、両親のもとに返されたが、父にも母にも右わき腹に小さな傷跡があった。どうしたのか聞くと「盲腸取った」と同じ答えだった。

週末は伯父伯母の家に泊まりに行っていたので、私は伯母に聞いた。
「お父ちゃんお母ちゃんも盲腸切ったの?」
伯母は私が聞かんとしていることをたちどころに察したようで、
即座に
「ママのは大変だったの」

実際伯母の手術跡は大きくて痛々しかった。
「フクマクエンまで起こしたんだもの」

大人は嘘をつくんだということは薄々知ってはいたが、伯母が大好きな私は伯母の言うことをその時も素直に信じた。そして伯母の言う医学用語や病名にやたら詳しい子供だった。

小5の時、友達のマユミちゃんが一週間学校を休んだ。聞けば
「盲腸を切った」という。
マユミちゃんは将来お母さんになれないんだ・・・・と私はひそかに胸を痛めた。盲腸は「遺伝」するらしいとも聞いた。下世話な話が好きな従姉からだった気がする。
「うちの家系は盲腸になる」
と確信的に言って

「だからアンタもいつかなる」
と断言するのだった。
私はまだ子供で、大人になった自分のことなど想像もつかなかったのだが、伯母の「断言」と従姉の「遺伝」はずっと心にあって、19の時に従姉の予言通りに「盲腸」を取ったときはおののいたし、結婚して子供に恵まれた時はホッとしたことを思い出す。

「大人は嘘をつく」
は、伯母だけは該当しないと思っていたのに大人になってから確信したこともいささかショックではあった。
ずっと後になって伯母につらつらと思い出話をしたら
「ママがそんなこと言ったっけ?」
と大笑いしていた。
とはいえ、実子ができなかった伯母の胸の内は、伯母にしかわからない。

大人は嘘をつくが、子供は残酷なことをまっすぐに聞くものだ。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?