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2020 Latitude59に参加してみた

Latitude59が今年も開催された。今年は例年と異なり、オンラインとのハイブリッドなのだが、エストニア政府の発表によるイベント制限の緩和により、実際にタリンの会場でイベントが開催さることになり、限定数であるが参加者が物理的に集えることになった。ハイブリット会議として、物理的に参加できない人は事前に収録されたビデオピッチ、その後ライブでのQ&Aが実施される。

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2つの日本関連イベントで司会をしていた方。
日本人対応に長けている・・

例年通り、Latitude 59 会場には、Blue StageとYellow Stageの二つが用意された。壇上に立ち会場を盛り上げるのは、現役の起業家や投資家たちだ。27日には、65件のピッチが実施され、8月28日はより深く掘り下げたプレゼンが聞けるという。Latitude59の目玉の一つであるリバースピッチ*はもちろん今年も実施され、普段のスタートアップイベントピッチとはちょっと違う雰囲気に思わず苦笑いがこぼれ出てしまうことが多々あった。

*リバースピッチとは通常起業家が投資家に向けて実施するピッチと逆向き(リバース)のピッチで、投資家は「自分たちはどのようなスタートアップを探しているか、マッチングできそうな場合には、どんなサポートを提供するか」などを熱く語り、起業家たちが「結局何してくれるの?」など投資家たちをジャッジをする。

Latitude59って何?

『Latitude59』とは、2012年に始まったエストニアの首都タリンにて開催されるエストニア最大のスタートアップ・テクノロジー・カンファレンスで、タリンが北緯59度であることから名付けられた。近年日本からの注目も大きく集まっており、2018年は世界20ヶ国から150社以上のスタートアップ企業、投資家、ジャーナリストを含む約2,000人の参加者が集まったなどの記事もあちこちに見られる。エストニアのスタートアップイベントが国際的に注目されているのは理由がある。特に指摘されるのは次の点だ。

・小さな国だが、一人当たりのスタートアップ企業がヨーロッパで最も多い
・電子国家エストニアである:社会にデジタルが広がる。特に、e-Residencyという外国人がエストニアの電子国民になれる制度が斬新だと注目を浴びている。e-Residencyを使うことで、日本にいながら起業をしたり、銀行口座を開設することが可能になる。
・世界中から起業家を誘致し、様々なサポートがある。

デンマーク在住の身としては、色々と言いたいことがある。電子国家という意味では、今年も電子国家ランキングで一位だったことからもわかるように、デンマークは負けてない。もっと重要なのは、何もないところから立ち上げたエストニアと異なり、レガシーシステムを乗り越えて電子国家を確立したデンマークは、日本にとって、より参考になるところもあるんじゃないだろうか。その他、ビジネス環境の充実ライフワークバランスのとれた国である点など、スタートアップとして起業する際の生活のしやすさはダントツに良い。デンマーク在住者としてデンマークに肩入れしてしまうのはしょうがないとして多めに見ていただきたいのだが、いずれにせよ、エストニアも含めた北欧勢が頑張ってくれて北欧の認知度が高まるのは、嬉しいことだ。

Latitude59の日本関連セッション

2020年の今年は、2日間のイベントにおいて1日目の8月27日には福岡市、8月28日にはJETROによる2つの日本関連セッションが開催された。

2016年からLatitude59をパートナーとして支援し、2018年には、40人以上の企業家などからなる代表団を結成し派遣していた福岡市[1]は、今年はオンラインでの参加で、日本への進出や日本企業とのコラボに関心のあるスタートアップ企業を対象としたピッチイベントを展開した。福岡市は、海外の10都市程度の自治体などとスタートアップの相互支援に関する協力関係を締結しているが、最初の締結相手がエストニア政府だったということもあり、エストニアとの連携は強いんだそうだ。

この福岡市のセッションでは、オンラインで参加した日本人3名の福岡市関係者が、ピッチの評価をし、勝者へは、福岡への往復チケット、無料でのコワークスペースの提供、ビジネスコンサルなどが提供されるというものだった。Latitude59の福岡市のイベントには、3スタートアップ企業がノミネートし、その中でPowerUPという企業が賞を勝ち取った。ビデオレターで、福岡市市長がとても素敵な福岡市のピッチを行い、JETROVISITS Technologyが日本誘致のプレゼンを行い、さらに、リアルタイムで3人のジャッジが日本から参加し3つのピッチの評価を行っていた。私はあまり詳しくないけれども、福岡市は海外スタートアップ誘致も積極的に進めているようで、海外のスタートアップのためのスタートアップビザの提供や支援サービスプログラムを提供しているらしい。

28日デンマーク時間8時半から行われたJETROプレゼンス『Japan’s startup ecosystem and innovation in the new normal era powered by JETRO』のセッションはとても興味深かった。セッションは、セッションチェアがセッションスポンサーのJETROについて丁寧に説明するところから始まった。ジェトロの認知度がエストニアでどれぐらいなのか知らないが、デンマークでは、正直よっぽどの日本通でないと知らない印象を受けている。だからこそ、ジェトロのエコシステムビルダーとしての動き、そして何が今日本で起こっているのかを丁寧に解説してくれたのはとても良かったと思う。

その後、ジェトロの曽根さんの開催スピーチで、渋谷区や三菱UFJなどが、日本でスタートアップのエコシステムを作り出していること、ジェトロがオープンイノベーションゲートウェイの役割をはたそうとしていること、コロナによってデジタルトランスフォーメーションが推進されていることなどが紹介された。もう一つ開催スピーチとして、東京のReinartエストニア大使がビデオレターで出てきて、「日本のエコシステムは広がり始めたばかりだが、大企業は新しい機会を狙っている」ということをエストニア人の口から言ってくれたのも、これまたとても良かったと思う。

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このセッションでは、大企業や組織のピッチ2件、3社の起業家のピッチ、3件の大企業のリバースピッチが実施された。

ファンキーなシャツで登場した渋谷区の田坂さんは、渋谷区がダイバーシティ(LGBT対応)促進に努めていることや海外のスタートアップのためのOne Stop Centerを構築したり銀行口座の開設を簡便にしている*など、興味深い話をしていて、もっと聞きたかった。三菱UFJの『What it takes to list IPO in Tokyo』はとても実践的で重要な情報提供がされていて、私は、起業家ではないけれども、マザーズ証券取引所へのリスティングがなんとなく現実的に思えてくる良いプレゼンだった。

*この点は、北欧の企業と話すとネックになっていることが多い。ハンコとか作らないといけないし、実際に物理的に移動しないとできないことが多い。

その後、続いた3社アクシオンリサーチ株式会社ISpaceMui Labの起業家ピッチも興味深く、このピッチの結果、注目されて投資が集まったり、北欧でのプレゼンスが高まると嬉しいものだ。ISpaceは夢物語のようでありつつ確実に一歩ずつ前に進めており、日本初の宇宙開発支援事業として応援したいし、MUI Labの木製のディスプレイなんかは、すでにドイツとスウェーデン(おそらくIKEA)にパートナーがいるという話だったが、すぐにでも北欧マーケットで受け入れられそうな印象を受けた。

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MUIのディスプレーは、部屋に溶け込む

リバースピッチは、VISITS Technologies丸紅凸版の三社が実施した。VISITS Technologiesは、創造力を可視化する『デザイン思考テスト』を提供するなど興味深いサービスを多々提供しているのだけれども、スタートアップとVC, CVCを繋ぐVISITS innovatorsというサービスを6月にラウンチしたんだそうだ。現在は、オーストラリア、エストニア、USA、韓国企業がリストされているということだが、ぜひ北欧企業もアクセスしてもらいたいものだ。

丸紅は、スタートアップを支援するために、昨年タリンにオフィスを開設したんだそうでかなり力を入れている印象を受けた。従来の伝統的なビジネス分野から、デジタルやイノベーションのエリアにビジネスを展開しており、発表では、スマートシティ関係、産業集積所(Industrial Park)関連、丸紅ベンチャーにアクセスしてくれるのスタートアップを探しているとのこと。実際にスマートシティに導入できるような新しいサービスやプロダクトを探しているということで、シードというよりはすでに道のりが見えている企業とのコラボを狙っているとかちょっとチャッカリしている。

凸版は、印刷からデジタルに移行しているということで、ウェルビーイングのために一緒にイノベーションを起こしていこう!というメッセージを前面に打ち出していた。近年立ち上げたDigital Labの責任者がピッチをしていたのだが、米国スタートアップのb8taとのコラボを事例として紹介するなどとてもわかりやすかった。なぜ、エストニアなの?という質問に、エストニアではデジタルが社会に根付いていて学ぶところがたくさんある、優れたUXデザインやデジタルアナログを結びつけるようなそんなコラボができればということだった。ふーむ。ぜひ、デンマークにも目を向けて欲しいものだ。

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ハイブリットカンファレンスと会議支援テクノロジ

ハイブリット・カンファレンスのスタイルはとても興味深く、意外とハイブリットタイプも上手くいくんだなと面白かった。物理的に参加できる人はすればいいし、移動ができない人も気軽にオンラインで参加できるというのはとても嬉しい。

もちろん課題は多々ある。他の現場で実施されるピッチや発表セッションを見ていると臨場感というか、熱気が画面の向こう側には存在し、それを静かに閲覧している自分がいる。その場にいない悲しさをとてつもなく感じる。一方で、日本のセッションは、司会者やジャッジ以外は、みな日本から遠隔参加しているため、なんとなく一体感を味わうことができる。

一番課題だなと思わされたのは、日本とエストニアのラインが不安定なのか、テクニカルな課題が残された点だ。福岡とJETROイベントの両方で、音声ネットワークが切れ気味で聞こえづらい、上手く画像がつながらない、音声がつながらないなどのケースが多々見られ、Q&Aが噛み合わなかったり、丁寧に説明しているんだろうけれどもよく聞こえなかったりして、少々残念だった。これは、もしかしたら、音声認識や文字変換などの技術を使い発表のクオリティを支援ことはできるかも知れず、今後の要考察要項の一つだと思う。

もちろん、このLatitude59のテクノロジチームはとても優秀で頑張っていることはよくわかった。実際のセッションでの画面の切り替えがスムースだったり、Youtube伝いにオンラインで閲覧できたり、SLIDOなどの様々なハイブリッド・コラボツールが縦横無尽に使われていた。カンファレンス・ツールTalqueは、閲覧、セッションの検索、関心を持った人へのコンタクトなど全てに渡って使いやすく、昨年のTechBBQでの感動を再び感じたりしていた。もちろん、夕方にメッセージがプッシュで送られてきて、「アフターパーティ始まるよ!早くXXXのロケーションに行ってね!」なんてメッセージがくると、めちゃくちゃ疎外感を感じたりもするんだけれども。

スタートアップとはあまり関係ないが、「NEW Nordic Area」という言い方がエストニアの発表者から何度も聞かれたのも面白かった。何がニューなんだ?と思う人も多いだろうが、ちょっとした地政学的な影響が垣間見られて面白い。昔は、ノルディックというとノルウェー・スウェーデン・デンマークの北欧3カ国だったのが、そのうちフィンランドが加わり、アイスランドやグリーンランドやフェロー諸島も忘れちゃいけいないという話になり、そして21世紀の今は、エストニアなどのバルト三国も新北欧として北欧に入れるらしい。デンマークで開催されているTechBBQやフィンランドのスラッシュなどノルディックや東欧州で開催されているスタートアップイベントは、相互に関係し合って、影響を与え合い、支援しあって伸びている印象をうける。

スタートアップ・カンファレンスの今後

スタートアップコミュニティは、今後、どうなっていくんだろう。イベントが世界中のあちらこちらで開催されるようになっていて、それぞれ特徴はあるんだけれども、かなり大掛かりになりつつありコストがどんどん嵩んでいるらしいことが気になる。本来の起業家たちの思いは何処かへ消え、ビジネス的なイベントになりつつある。イベントして盛り上がって、結局後には何も残りませんでした、ということになってしまうと、少々残念でもある。

そんなことを感じながらでも、Latitudeでは興味深い動きがあったことを知った。意識的なこれからの未来を背負う子供たちへの起業家教育だ。詳しくは、あちこちで紹介もされているエストニアのFundereamのCEO、Kaidi Ruusaleppさんののエッセイを読んでもらうのが手っ取り早いと思うが、スタートアップコミュニティとして次世代の育成を考えている点が、北欧在住人として、親として、そしてイノベーションに期待している者として嬉しく思う。ちなみに、紹介したエッセイの筆者は、これからの未来を背負う子供たちに、起業家教育を!ということで、孫氏が柏の葉で展開している子供を対象としたアクセルレーター(というかファブラボコミュニティ)Vivitaをエストニアに誘致した本人だ。

もっともっと、多くの社会課題に立ち向かうテクノロジが創造され、理解されて、社会に根付いて行って欲しい。普段は、知られずにそして理解されずに黒子になりがちなテクノロジだけれども、こんな風に華やかなイベントによって注目を浴びる舞台にたち、多くのひとにその存在を知ってもらうことで、普段はあまり身近に思ってくれない人たちにも繋がることがあるんだと思う。

テクノロジが人を幸せにするか不幸にするかは、結局そのテクノロジをデザインする人たちと、使う人たちの手にかかっている。技術者とドリーマーと社会の間にあるギャップを繋ぐ役割をLatitude59のようなスタートアップイベントは果たせる。そうだ、だからスタートアップイベントは魅力的なんだ。

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ビデオのファンキーシャツからトーンは落ちたが、それでもカジュアル
受け答えも素敵だった渋谷区の田坂さん

参考

Latitude 59のイベントやピッチは、ほぼ全てYoutubeで閲覧できる。
[1] https://thebridge.jp/2018/05/latitude-59-2018-day1


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