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<前編>CM制作ワークショップ「えいぞうの教室」ができるまで。

高校生たちに、“正解のない問い”に向き合うきっかけを。


愛媛県立今治西高等学校 伯方分校


自分たちの通う学校の良いところってなんだろうーー。
高校生たちが、自らが暮らす地域や日々の学校生活を見つめ直し、その魅力を掘り起こして30秒のCMを制作したワークショップが「えいぞうの教室」。
2022年6月~11月に、愛媛県立今治西高等学校 伯方分校で選択制授業カリキュラムの一環として全9回にわたって行われ、チームごとに計3本のCMが出来上がった。舵を取ったのは、広告を中心にした映像制作プロダクションAOI Pro.プロデューサーの丸川貴史さんと、Happilmの代表 大石健弘。今回のプロジェクトについて、2人が振り返った。

完成したCMはこちら。

①「あなたの居場所はここにある」

②「絆をつなぐ伯方分校」

③「その一歩が未来に繋がる」


映像制作のノウハウを、社会のために、未来のために。


――まずは、「えいぞうの教室」が始まった経緯を教えてください。

丸川貴史 構想が持ち上がったのは2020年頃だったと思います。僕自身、プロデューサーという立場でCM制作に携わる中で、映像業界が閉鎖的で、一般社会との間に壁があることになんとなく問題意識を持っていました。SNSが普及し映像そのものはどんどん身近になっているにも関わらず、特に地方ではクリエイティブ業界の仕事に携わる人も少なく、なおさら距離がある。映像制作のノウハウや経験値を生かしながら、もっと社会との接点を作れないものかなと考えていたんです。それを、よく一緒に仕事をしていた大石さんに話したところ、似たような問題意識を持っていることが分かって。何か一緒にできないかと話したのがきっかけです。

左:大石健弘(Happilm) 右:丸川貴史(AOI Pro.)

大石健弘 僕にはもともと、教育に携わりたいという思いがあったんです。というのも、コロナ禍になる前までは海外での撮影も多く、ドキュメンタリー映像の取材で新興国やスラム街にも度々足を運んでいました。様々な地域の社会課題を目の当たりにする中、多くの人が口を揃えて言うのが「イノベーションが起きてどんなに暮らしが豊かになる仕組みが整っても、教育がすべての人に行き届かなければ、社会課題の根本的な解決にはならない」ということでした。教育の重要性を痛感する中で、広告業界に身を置く自分には何かできることはないだろうかと考えるようになったんです。

――「教育」自体がかねてからの関心事だったんですね。

大石 はい、同時に僕自身も子供を持ち、教育が自分ごとになった時期でもありました。コロナ禍に入ってぽっかりと時間が空いたことも助けになり、腰を据えて取り組んでみたいなと。具体的には今まで培ってきた映像制作のスキルを用いて、学生向けに映像教育の授業ができないかなと考えていたんです。そんな頃に丸川くんの話を聞いて、一緒にやりたいなと。AOI Pro.と組んで、学生向けにCM制作のワークショップをする「えいぞうの教室」というプロジェクトを立ち上げることになりました。

大切なのは、映像制作の楽しさを知ってもらうこと。

――第一弾として愛媛県立今治西高等学校 伯方分校で取り組みを行うことになったのはどんな経緯だったのでしょうか?

丸川 僕らがアクションを起こそうとしている頃、ちょうどAOI Pro.自体も転換期を迎えていて、映像制作のノウハウを地方創生に生かそうと地方への拠点を増やしていたんです。愛媛県の今治市もその一つでした。一方で今治市は、生徒数が減少し廃校の危機に瀕する今治西高等学校 伯方分校の復興を模索していた。僕らのやりたいことと会社の動き、そして地域のニーズがうまくマッチし、晴れて伯方分校とのご縁ができました。

大石 その後学校側ともやりとりを経て、「総合的な探究授業」という選択制のカリキュラムを使って高校2、3年生を対象に授業を行うことになりました。

――カリキュラムを作るにあたりどんなことを大切にしましたか?

大石 大前提にあったのは、映像作りの楽しさに焦点を当てることでした。映像制作と一口に言っても、企画の妙からカメラの扱い方、編集の操作、どれをとっても奥が深いものです。でも今回大事なのは、映像制作者を養成することではない。技術面の細かなレクチャーは排除し、プロである僕らがみんなの要望を技術的な操作によって実現する役回りを担う。それにより高校生たちには、純粋に映像制作の楽しい部分を体験してもらうことで、社会にはこんなにも面白くやりがいのある仕事があると知ってもらえたらなと。

――自分たちの学校のCMを作ってもらうことにしたのはなぜですか?

大石 そもそもCMって何らかの商品やサービスの魅力を発信するものですよね。僕たちが普段仕事として携わる場合は、まずは対象とするものの下調べをして魅力を探ることから始まります。でも限られた授業で映像制作の“楽しい面”に焦点を当てるには、彼らにとって身近で、すでにその魅力が潜在的に分かっているものの方が取り組みやすいなと。そこで辿り着いたのが学校のCMだったんです。

丸川 あと、学校のCMを作ることで、出来上がったアウトプットが次の入学者を募るためのPRにも活用できます。「伯方分校の復興」を目指す今治市や学校側からのオーダーにも応えられるものになるのではないかなと考えました。

――授業は全9回にわたって行われたそうですが、具体的にはどのようなカリキュラムを策定しましたか?

大石 学校の魅力や企画アイデアの洗い出し、絵コンテの制作、撮影、編集、プレゼンテーション……と、実際のCM制作の流れを追う形で授業を作っていきました。全部で12人の生徒が参加してくれて、3チームに分かれて進めていきました。

正解のない問いに、主体性を持って向き合う。

――まずは企画を考える作業ですが、苦労された点はありますか?

大石 いかに彼らの本心を引き出すか、でしょうか。最初の授業で、学校の魅力を生徒たちに書き出してもらったんですが、「自然が豊か」「海が近い」など、どこかのパンフレットにすでに書いてありそうな内容が多かったんです。もちろんそれらも魅力ですが、毎日を学校で過ごしている彼らだからこそ感じていることがもっとあるんじゃないかなと。「自分の気持ちを大事にしよう」と伝えることを意識しましたね。とはいえ誘導しすぎても主体性が失われてしまう。あくまでも気づきを与えることを念頭に、試行錯誤しました。

――主体性を重んじたのはなぜですか?

大石 CM制作には正解がなく、分からない中で自分なりの答えを出さないといけないものです。それって実はCMや映像制作に限ったことではなく、社会に出ればどんな仕事に就いても同じことです。大人になっても生かすことのできる普遍的な学びを得て欲しいという思いから、授業においても「正解がない問いに向き合おう」ということを掲げ、とにかく考えることを促しました。そのためには僕らも、彼らの意見を否定することなく、全て肯定する姿勢を心がけましたね。

――各チームが魅力を洗い出したあとは、どんなCMにするかのプラン作りです。どのように進めましたか?

大石 実際のCM制作の現場では、ある程度定番のフォーマットで絵コンテを書いていくんですが、彼らに対してそれらは共有せず、シンプルに自分たちの考えた魅力を映像化するならどんな流れが良いかを考えてもらい、チームごとに発表してもらいました。

ここでも心がけたのは、自分たちで考えてもらうことです。「最初に観た人は、どんな気持ちになるんだろう」「言葉で補足してくれた主人公の気持ちは、映像を観た人にはどこの部分で伝わるんだろう」など、こうしたらよくなるという伝え方ではなく、疑問を持ってもらうためのきっかけを与え、その上で各チームで答えを導き出してもらって固めていきました。

――その次の作業は、撮影や編集です。技術的な部分のレクチャーは排除したとのことでしたが、特に専門技能が必要になるこれらのプロセスはどのように進めていきましたか?

大石 撮影時は、僕ら講師がカメラを持って、「さてどこから撮る?」と生徒たちに投げかけました。編集に関しても、タイトルを映像にどう乗せるか、BGMはどれにするか、たくさんの選択肢を用意して彼らに選んでもらう。僕らが手となり足となり動きながら、極力彼らに判断してもらうことを心がけました。

――撮影に関して、終了後のアンケートでは、「角度や距離を変えるだけで雰囲気が全く違うものになること」が面白かったと書いている生徒さんもいましたね。

大石 最終的には使わなかったんですが、①のチームでは、女子生徒が落ち込んで下校するシーンの撮影をしました。最初は遠目からポツンと歩く生徒を撮っていたんですが、みんなで映像を見返してみると、あまり落ち込んでいる感じに見えないねと。演技をもっと大げさにすればいいんじゃないかと言う意見も出て、やってみたけれども変わらない。そこで議論が滞ってしまいました。そこで僕から「表情がよく見えないね」と言ってみたんです。それで彼らはカメラを近づけて撮影してみようと判断した。すると表情が見えて落ち込んでいることが分かるシーンになって。撮り方によって伝わり方が変わることを、身をもって体験してもらえたんじゃないでしょうか。

生徒たちの着実な一歩が、自分たちのやりがいに。

大石 それともう一つ、①のチームでは、冒頭の教室のシーンを最後に撮影しました。2人組の生徒が楽しげに会話をしながら教室を後にする中、ホワイトボードを消している女子生徒がポツンと取り残されるシーンで、彼女の寂しさを表現したいとのことでした。最初は教室から出て行く2人組がカメラから見て奥の方を歩いていたんです。でも、どうも女の子が寂しそうに見えないなと。もっと寂しそうな雰囲気を出すためにどうすればいいかをチームで考えていた時、ある生徒が提案してくれたのは「2人組がもっと手前の位置にいればいいんじゃないかな」ということでした。手前にいると絵に占める人の比重が大きくなる分、去った時のギャップが大きくなり空っぽ感が増すのではないかと。僕自身もなるほどなと納得しましたね。自発的に発見してくれたことにものすごく感動しました。

――最終的に出来上がった3つのアウトプットは、彼らが等身大に抱く学校への思いが詰まっているように思います。改めて全体を振り返って、どのようなところが印象深かったですか?

丸川 半年間の授業カリキュラムの中で、生徒たちの変化を見ることができたことですね。もともとコミュニケーションが得意ではない生徒も多かったんですが、次第に自分の意見を発するようになっていったり、明らかに積極的に授業に参加してくれたり。変わっていく姿をそばで見ることができました。特に最後の授業で、自分たちの作ったCMを自分たちの言葉でプレゼンテーションをする姿は、成長が感じられてすごく嬉しかったですね。

大石 たしかに、生徒たちの変化はやりがいを感じましたね。それはアウトプットにも表れていて、その真骨頂が①の “友達がいなくてもいっか、と思ってた”っていうコピーです。最初は入っていなかった言葉なんですが、編集を進める中で、「主人公はどんな気持ちなのか、もう少しわかりやすくしてみたらどうかな?」とチームのみんなに僕から提案を投げかけていたんです。そしたらこのCMを企画した生徒が、自分の心情をポツリポツリと話してくれて、それがまさにこのコピーになった。多感な10代の子には勇気のいる言葉だと思いますが、内に抱えていたものをみんなの前で吐き出して、作品に昇華させることができた。リアルな経験談を反映したこのコピーによって作品そのものがより力強くなったと思いますね。

自分の気持ちを肯定することが、未来を拓く。

――実際に生徒さんたちからも、「映像の楽しさ、何かを作り上げることの楽しさを感じた」「映像の世界をもっと知りたくなり、動画の編集を始めました」といった声もあがっています。今回のプロジェクトは、お二人自身にはどんな刺激をもたらしましたか?  

丸川 普段の仕事で作るCMには、膨大な数の視聴者がいて、それがもしかしたら誰かの行動を変えるかもしれないという影響力の大きさがあります。一方で今回のプロジェクトで関わったのは12人の生徒たち。数からしたら少ないですが、彼らの人生の何らかのきっかけになるかもしれないということに責任の重さを感じました。彼らの心を少しでも動かすことができたのであれば、意義のある仕事だなと改めて思いましたね。

大石 僕は、教育こそが今後の自分の軸の一つになるという確信を得ることができましたね。かねてから仕事をする上で大切にしているのは、目の前の人をどれだけ幸せにできるかということ。作った映像を観てくれる人はもちろんですが、それ以前に取材相手や共に制作するスタッフなど、目の前の人こそが大事だと思っています。今回は映像教育を通じて、相対する生徒たちの楽しそうな顔や喜びの声を知って心からやりがいを感じたし、手応えを感じました。

――今後の展開はどのように考えていますか? 

丸川 伯方分校のみならず、同様の取り組みを各地で広げていきたいと思っています。ただ続けていく上で課題になるのは、いかに持続的な体制を作っていけるかということです。今年の授業を取り仕切った大石さんの体は一つですし、教えられる人材は限られている。制作側、地域側問わず協力してもらえる人を増やすことに力を注いでいきたいなと思っています。

大石 例えば夏休みや冬休みの3日間など、短期集中で行うパターンも実施してみたいですし、受けてよかった!と思ってもらえるような授業を持続的に提供していける仕組みづくりをこれから試行錯誤していきたいです。

――改めて、「えいぞうの教室」を通じて広げていきたいのはどんなことですか?

大石 自分の気持ちを肯定して勇気を出すと、世界は広がるんだと10代の人たちに伝えたいですね。僕自身高校生の頃、映像の仕事に携わりたいと言ったら、周囲からすごく馬鹿にされたんです。当時は映像制作なんて今よりもマイノリティな仕事だし、地方に暮らしていたのでなおさら理解は得づらくて。絶対に無理だと言われました。そんな中でも共感してくれた数少ない友人がいたこともあり、何度もめげそうになりながらも自分はこれが好きだと勇気を持って言い続けたら仕事になったんです。おかげで、自分の好きが誰かの幸せに繋がる素晴らしい仕事に巡り会えました。「えいぞうの教室」で「自分はこうしたい」「これが好きだ」という自分の気持ちに正直になる経験をしてもらうことで、映像制作に限らず、1人ひとりがやりたいことに勇気を持って挑戦できるよう背中を押せたらいいですね。

ーー後編では、生徒たちをそばで見守り、授業を通じた変化を感じ取ってきた伯方分校の先生に話を伺います。


丸川貴史プロフィール
株式会社AOI Pro.  CMプロデューサー
神奈川県川崎市生まれ。 2010年AOI Pro.入社。2017年プロデューサー職。 現在 映像制作を軸に、社会・企業の「成長」をテーマに プロデューサーとして活動中。

大石健弘プロフィール
株式会社Happilm 代表/映像ディレクター
静岡県浜松市生まれ。AOI Pro.プロダクションマネージャーを経て独立。
ドキュメンタリーに特化したTVCMやWEBムービーなどの手掛ける。代表作に、Amazon日本ストア、パナソニックの店シリーズなど。最近では徳島県神山町に新設された神山まるごと高専の映像も手がけている。
https://www.takehirooishi.com/

(取材・構成 福島絵美)


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