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【ショートショート】物語でしか話さない人間
むかしむかし、あるところに「物語でしか話すことのない人間」がおりました。なにをするにも「むかしむかし、あるところに」から話し始めるのです。
周りの者はその人間を「ムカシ」と呼びました。
みな心得たもので、ムカシの物語は彼の現状を表していることを知っていました。ムカシは自分以外の人間を「ドクシャ」と呼んでいました。「むかしむかし、あるところにドクシャと話したい男がおりました」といえば、誰とはなくムカシのもとに人が集まりました。
あるとき、ムカシは炎上しました。
恋の物語を書いたからです。登場人物となった人間は周りの者から「カノジョ」と呼ばれ、すべての思い出は皆の知るところとなってしまいました。
カノジョは姿を消しました。
カノジョの最後の投稿には「ドクシャに戻りたい」と書いてありました。カノジョがどうなったのか、誰にも分かりません。ドクシャ達の間には様々な考察が飛び交いました。
ムカシは、自分の現状を物語にしなくなりました。
それでもドクシャは熱心に彼の言葉を待ちました。
これから話すのは、ムカシの最近の物語です。
「むかしむかし、あるところに物語でしか僕の話を聞いてくれないドクシャという人間がおりました」
息子がグレて「こんな家、出てってやるよババァ」と言ったあと、「何言ってもいいが大学にだけは行っておけ」と送り出し、旅立つその日に「これ持っていけ」と渡します。