はじめて書いた小説を掲載するよ
先日、はじめて小説を書いた。
柞刈湯葉(いすかり・ゆば)先生のツイートでとある公募を知って、急に書きたくなったのだ。
とある公募とはこちらである。
LIXIL 未来共創計画。
住宅でお馴染みの株式会社LIXILが、SF作品を募集していた。
なぜSF作品を募集するかというと、「現在の技術にとらわれない自由な発想によって、現状を力強く推し進めよう」(私の解釈です)というねらいがあったようだ。こういうムーブメントのことを「SFプロトタイピング」というらしい。名前がかっこいい。
申し遅れましたが、私はSFが好きなのである。
ライターとして記事を書くことはあったものの、小説は読むものであって書くなんてことは想像もしたことがなかった。
けれど今回の公募を見たあと、お風呂に浸かっていたら、ある物語がひらめいたのである。
それで応募させていただいた。
あらすじとしては、個人情報をぜんぶ読み取って住宅を注文から1週間で完成させてくれるスマート・デバイスの物語だ。デバイスの名前は「リクシル」にした。「リクシル、家を建てて」。この一文が書きたくて、1時間くらいで書き上げたものである。
今回、受賞者の発表があり、わたしは見事に落ちた。爽快である。ただ、小説を書くという喜びを経験させてくださった今回の公募に、とても感謝している。
もう全文を載せてもいいタイミングだと思うので、ここに掲載する。
だが「リクシル」を使うのはアウトな気がするので、「ハンナ」に置き換えた。理由はSF作家の伴名 練(はんな・れん)先生が好きだからである。
文章は非常に短い。700文字くらいであろう。
サクッと読めるし面白いので、読んでもらいたい。
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「ハンナ、家を建てて」
「はい、ヒトさまの情報に基づき候補を表示します」
ヒト・ダイチは正方形の画像が並んだイメージ画像を延々スワイプしていく。
「あ、ちょっと戻れる?いますっごい気になるのあった」
ヒト・ウミはダイチの手元をのぞきながら、お目当ての家を指示する。
「あった!」声が重なり、ダイチのスマートフォンは該当家屋の詳細ページへと遷移した。
「ハンナ」と名付けられたスマートデバイスに声をかけてから一週間後、二人は新居のリビングを見渡していた。
「なんだろう、不思議だけど、懐かしい気持ちになるね」
「うん、私もそういま思ってた」
情報の蓄積によって導き出される新居は、懐かしさを伴う。
それはハンナ発表当初からよく報告される現象であった。
「ダイチ、コーヒー淹れようか?」
「いや、ぼくが淹れよう」
二人はカップを合わせ、静かな乾杯をした。
家を建てる。それは、小さな鉢に種を植えるような感覚だった。
そのあと育つものの規模に比べれば、初手の労力がシンプルだ。
土に人差し指を刺し、種を入れ、埋める。
ヒトたちがその人差し指で選んだ家屋の詳細ページは、いくつかの最小限に絞られた選択項目をタップして進むことで注文が完了する。
この注文ひとつで家の内外デザインはもちろんのこと、土地の契約から、間取り寸法及び部屋のイメージに合った家具の購入、引っ越し業者、銀行ローン、電子決済まで終えられる仕組みだ。
AI戸建て保険というのがある。
住み始めてから気づく不適合な点については、1年以内であれば何度でも保証されていた。
コンセントが足りなければ増やせるし、壁紙も張り替えられる。
間取りの変更に至っては、10年間保証されていた。人生、何が起きるか分からない。
土地売買から家屋の建築工程に至るまで、すべてが自動化されていた。
重要事項の説明は動画の視聴で受け、家が完成するまでの様子は設置されたカメラにより常時見ることができた。
スマートデバイス・ハンナでの新居建築が普及したことにより、現場の仕事は完成後の比重が増した。
まるでシステムのバグを直すように、新築住宅は手直しを繰り返すのが通常となっていた。
それはしばしば、アップデートと呼ばれた。
ウミとダイチも、住宅の最適化を繰り返し、一年後にはこれ以上ない、といえば嘘になるかもしれないが、住むには申し分ない環境になっていた。
一年も住めば、壁の傷さえ愛おしく思えるほどだ。
この家で暮らしはじめて三年が経つ。
キッチンでダイチはコーヒーを淹れていた。
そこにウミはいない。ゆっくりと膨らむグラウンドを眺めていると、あの日の記憶が蘇る。
「ダイチ、おかえりなさい。あのね、話があるの」
仕事から帰ってきたときのことだった。そのときウミがいた場所もちょうどここで、あの日からコーヒーカップはひとつになった。
コーヒーの最後の一滴が近づいてきたので、ダイチは回想を中断した。
香りがとばないようにそっと揺らしてから注いでいく。
思わずダイチの頬がゆるむ。一呼吸おいて、ハンナに声をかけた。
「ハンナ、間取りの変更をして」
「はい、ヒトさまの情報から候補を表示します」
カチャッ。
ドアの開く音とともに、ウミの優しい息づかいが家を満たした。
「ただいま、あーいい匂い!」
「おかえりなさい、ウミ」
「私もコーヒー飲みたいなぁ」
「もうすこし我慢だね。ウミにはカモミールティーを淹れるよ。お腹の中のソラのためにもね」
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受賞作品はこちらから
息子がグレて「こんな家、出てってやるよババァ」と言ったあと、「何言ってもいいが大学にだけは行っておけ」と送り出し、旅立つその日に「これ持っていけ」と渡します。