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VERT

チョコレートを通じて知り合ったお友だちからのお誘いがあり、やっとVERTに行くことができました。


事前情報なしに向かったものの、感じることや考えさせられることが余りにもたくさんで、先に言っておくとこのnoteはとても長いです。いつも言ってる。

コースの内容、田中シェフの思考や視線、どれもがとても面白かった!ので、記録として、なるべく詳細に書き留めます。

松雪園 田口雅士 一番茶焙じ茶

檜の上に載せることで白磁の器に
香りを移しているそう。なんて繊細な

1杯目に出てきたのは冷たい焙じ茶。
口にするまで「焙じ茶」という言葉が頭の深層にまで届いていなかった。

スッキリとした冷涼な味と、この色味では想像のつかない力強い、簾のように満ち満ちた渋み。その対比の間を縫って檜がほんのわずかに香る。

立夏

福村龍太さんの高台だった!ファンです!と
話すと他の作品の経年変化を見せてもらい、
持っているお皿が育つのが楽しみになった

赤味噌餡にベルガモットの柏餅
葉は剥いても、そのままでも、との事だったのでそのままムシャムシャいただきました。

赤味噌の入った餡は塩味が甘みを丸くし、質の良いハンカチのような質感のおもちによく馴染む。葉の香りがあることで生ぬるい味に傾かずに最初に食べるお菓子として、すんなりと受け入れられた。

茶の蔵 森本健二 越原

先ほどの焙じ茶のあとに飲むと、煎茶の甘みの柔らかさやこっくりとした味がわかる。
赤味噌の旨みと繋がりが良いからこそ特徴を強く感じられなかったが、単体で飲むとこれはこれでちゃんと旨みがあり、人馴染みの良い人間と深く話してみると意外とクセがあるみたいな、そういう深みが見えて面白い。

八木下農園
/発酵小夏

発酵小夏のジェラート、ピールははっきりと苦みを感じる味でかなりストイック。
甘さといえば、エスプーマから蜂蜜をほのほのと、そよ風を感じる程度。
作られたものというより自然発生する味を生けられているからなのか、これだけ強い苦みでも美しさがある。

山科茶舗 栗田早
/高梨茶園 黒文字新芽
/アスパラガス

田中シェフが「アスパラガスの香りを移した」とサラッとおっしゃっていて面白かった。そんなことした事ないよ…

ベースに苦みが続くその上で、確かにアスパラガス特有のモッタリした香りが乗っかっていて、あとから黒文字らしいスッとした、だけどまだやわらかな風味がじんわり馴染んでいく。

強い苦みに合わせるお茶も苦みがメインに置かれる。この2種の苦みを交互に感じる事で、徐々に小夏の香り、そしてアスパラガスの甘みが見えやすくなることに気付いた。

このコースは味覚を操作される体験なのかもしれない。

八木下農園
/美生柑
/発酵レモン
/発酵マンゴー

きれいなグラデーション
本当に光って見えた

上から美生柑(びしゅかん)、発酵レモン、発酵マンゴーの3層からなる羊羹。

実はマンゴーってそんなに得意じゃなくて、あのベタっとした甘さ、フルーツ界で一番フルーツじゃない甘さがするんです。個人の見解です。
だけどこのマンゴーは発酵することによってその嫌な部分が綺麗に取り去られていて、むしろマンゴーの濃厚さの、さらに向こう側に隠されていた奥行きが見えるようになり、底に深く沈んでみると(これは美味しいの表現には適切じゃないかもしれないけど、)ナンプラーや納豆のような独特の落ち着きに包まれた。
それを上の2層が寒天の食感と、乖離し過ぎない爽やかさで穏やかに引き揚げてくれる。

この一品だけでも充分な感動だったのだけれど、ペアリングされたお茶にとんでもなく衝撃を受けました。

千代ノ園 いずみ
/コーヒー
/発酵大和柑

お茶のコースに行って、まさかコーヒー入りのドリンクが出てくるとは予想してなかったけど、今回で一番印象に残ったペアリングになった。

このドリンクを口に含めることによって、ゆっくり引き揚がっていたはずの味覚がものすごいスピードで上昇した。サーブされた時に田中シェフが仰っていた「マンゴーにフォーカスしたペアリング」という言葉を思い出す。

マンゴーが通常とは違うディレクションで華やかなフレーバーに昇華していく。それは鮮やかとはまた違ったカラーで、新しいスタンダードと言えるほど肝の座ったかっこよさがあった。

ドリンク自体の味ももちろんおいしい。
コーヒーの華やかな酸味がお茶に加わることで、最大限に引き出され、お茶自体の甘みが後味に添えられる。決してチープに感じて欲しくないのだけど、なぜか懐かしの純喫茶を思い出すような軽やかさを感じた。

発酵枇杷

コースはぐんぐんと進んでいく。
次にサーブされたのは枇杷のデセール。
まるまるひとつの枇杷の、種を抜いたところに枇杷のコンフィチュールが詰め込まれ、それを揚げたもの。下に敷かれた低温殺菌牛乳にも枇杷の香りが映される。

切った中身はこんな感じです。

切るたびにジュワッと飛び出る
コンフィチュールに翻弄され続けた。

立派な枇杷!しばらく食べてなかったのでどんなものか思い出そうとしたけど、あたたかい枇杷は初めてだったのでまた新しい味覚として迎え入れられた。
ラフランスのような甘い水分感、柿のような滋味、ほんのりと南国フルーツの酸味。

中に詰まったコンフィチュールでより強まると、ミルクに溶け出すたびに、フィルターの向こうで膨らみ、ディルオイルが舌に残る沈みを掻っ攫う。

やまとう栗原園 金谷禄
/高梨茶園 八重桜
/パインアップル

この茶碗もかわいかった

ペアリングというのは合わせるものの、どの要素に着目するかという部分において作り手の個性が表現される。
このお茶によってフォーカスされたのは、枇杷にわずかに残る甘酸っぱさ、その香りだったように思う。

熱処理によって控えめになったその要素をお茶で補填することで、より枇杷の味が立体感を増していく。和紅茶の穏やかな甘い香りがベースにあるのでドライにならず、いい余韻をもたらしていた。

田中シェフのペアリング表現は、どの組み合わせを持ってしても「食材に備わる味の再構築」を感じる。精巧な写実絵の中にひとさじの強い感情を見つけるような気持ち。

マルヒ製茶 MB209
/発酵ルージュロワイヤル
/発酵龍眼
/桜桃
/松鞠

まだです、まだ食べないよ

つい最近龍眼を食べる機会があり、ライチを甘い焼酎で煮込んだような印象があった。生のままでも風味に面白さがある果実だけど、さらに発酵を加えることによってよりしなやかに、発酵を通じて他の食材と親しみやすい風味に変化する。

さくらんぼは果肉の大きい桜桃を。皮の元気な食感がアクセントになった。

これはケフィア発酵だそう
乳酸の酸味ある香りって好き

これはルージュロワイヤルという名の薔薇と松鞠をケフィアで発酵させたもの。

実際の、発酵中の瓶の香りを嗅がせていただいた。つんざくほどではないがしっかりとした酸の匂いを感じる。放つ香りと口に入れた時の香りの差はなんだろう。

これが液体窒素によってクランブルにされ、皿に盛られて、完成となる。

これで完成のようです

冷たさの中から香るのは薔薇の花びらが強い。残念ながらわたしにはそれ以上の何かを感じられなかったが、発酵龍眼と合わせると香りの織りがとてもしっくりきた。常温と冷温を行き来するのは違和感が残りやすいが、これにはそれぞれの味のベスト温度という印象があり、心地よかった。

辻喜 碾茶あさひ
/Heart&Berry 発酵とちあいか
/クレソン
/マスタード

碾茶、そして抹茶についてお話しされていた。
抹茶というのは通常の緑茶とは違う方法で育てられた碾茶が原料になっているらしい。
碾茶は渋みが少ないものの、つよい旨みを放つキャラの濃い味がする。

海外などに流通する抹茶というのは本来でない。田中シェフの活動目的は、そういった誤解を解き、そして日本茶を正しく世界に広めることだそう。

食に限らず文化が伝播していく過程には、そのクオリティの低下というのはどうしても免れないことのように思う。広まり、愛されること自体は喜ばしい出来事だけど、本物ではないものが世界認識でのスタンダードになるというのは確かにもどかしいことだ。
田中シェフのような方々が現状を塗り替えていく先端になってくれることはとても有難く、そしてわたしも自国の文化を学び直すきっかけにもなる。

ひらりと浮かぶクレソンの花筏
かわいい、いのち

マスタードをプチプチと噛み捕らえながら碾茶と松の実のソースをくぐり抜けると、発酵いちごのジュレと、またその奥にいちごの昆布締めが顔を出す。

単純な抹茶といちごのデザートではない。
碾茶の旨みが徐々に昇ってくるころ、昆布締めされたいちごが、セミドライ状態の食感から華のある香りを独特のトーンで放つ。発酵いちごのジュレも主張はあれどはみ出ることなく碾茶に馴染んでいて不思議。

お茶と発酵物の組み合わせはビビットではなくスモーキーなカラーで、
着たことのないコーディネートを試着するように、自分には新しく、だけど確立されているデザインに出会うような面白さがある。

池乃屋 焙じ茶
/吉田茶園 薮北実生
/ジュニパーベリー
/花梨
/インカインチ

碾茶に寄り添った旨みのあるお茶。ジュニパーベリーや藪北がスッキリと仕上げているものの、どこか苦みというか、焙煎香で一辺倒にならないように感じる。

お茶にはインカインチというオイルが浮かんでいる。オイルはグラスを傾けると奥へ逃げていたけど、最後のひと口で一気に流れ込んできた。このペアリングを締めるのは、大豆を噛み砕いた瞬間のようなふわっとした豆の甘みだった。

高梨茶園 生葉北命
/池乃屋園 生葉新芽
/神田豊島 みりんMe
/発酵メロン
/米麹

様々なこだわりが詰まった説明のあと、
「平たく言うとあんみつです」と。

田中シェフがおもむろに「みなさん、放置茶園ってご存知ですか?」と質問する。
手入れされずにそのままになった茶の木は3mを超える高さに育ち、見せていただいたその様子はおよそ私たちが知っている整えられた茶畑からは想像もつかない荒々しい姿で、生命力を感じる。
VERT創業時から共に働いてきた方が、現在島根にあるその放置茶園から、お茶を作っているそう。

奥から手前にかけて
木のゼリー、土の白玉、生茶葉のジェラート

そこから採った枝を発酵させ、煮出したところへみりんシロップを加えたゼリー。
香りに冬の冷たい風を感じるほど薬酒のような風味が漂う。これ、個人的にとても好きでした。

摘み立ての茶の葉を生のまま使ったジェラートはやさしい甘さであんみつ全体を包み込む。
米麹発酵の若干ミルキーになったメロンカットや、かために茹でられた小豆がたまに口で混ざるのが楽しい。

そして茶の木を育てた土が練り込まれた白玉
わたしは以前から「ミネラル感」だとか、「土のような」と表現される赤ワインやチョコレートを好んで食べていた。それが、ついに本物の土を食べる日がくるとは!笑
薄らピンクに染まったツルツルの白玉を噛み締めると、ほんのりわずかにぬるい甘みが立ちこめる。丁寧に漉して下さったので土の食感はない。

話は少しズレるが、以前からワインノートにおける「ラズベリーのような」という表現になんとなくぼんやりとした印象を持っていた。
それで八百屋さんで売られていたラズベリーを買って、冷えたもの、常温になったもの、温めたもの、刻んだものなどにして食べ比べてみた結果、一般的に言われているそれは、加熱した状態を指していることがわかった。もっと正確に言えばラズベリーではなく、ラズベリーソース味。
こういう経験を重ねていきたいと思っている。みんなで共有するために存在する味の言葉が、実際は、自分の舌ではどういう味なのか。

今回のことで言えば土、ミネラル感という味覚の本当を経験できて大変有意義でした。思ったよりも軽やかで、もっと土でも食べられるかも!と物足りなさすら感じた。

田中シェフは色んな土を試しているそう。その土壌からなっている植物の風味が土から感じられると。
カカオを育てる環境においても周りのシェードツリーによって風味が形成されるという話を聞いたことがある。

植物が育ち、土へ下り馴染む個性が他の植物へ影響を与えていく。
とても素敵な営みだなあ、
テロワールという言葉が日本語にも欲しいですね。

高梨茶園 薮北
/HARB STAND 唐松新芽

武骨でありながら洗練された風味のデセールを口にしたあとに含めるのは、強い旨みのあるお茶に、針葉樹の鋭く冷たいハーブ感が乗った一杯。合間に挟むとあんみつのそれぞれを楽しむのに良い休符になってくれるのでリズム良く食べきることができた。

何気なく寄り添っているように見えるけど、このあんみつにこれだけ合わせられるというのはかなり癖があるはず。なのにとてもナチュラルに受け入れられてしまう。
もはやわたしの味覚はすっかり運転されているみたいだ。

木の芽味噌のお茶漬け
/発酵キャベツ

コースの間中、常々発していたのは「砂糖をなるべく使いたくない」「甘さは発酵によって表現したい」ということ。
焼きおにぎりに乗せられた木の芽味噌に加える砂糖も最低限に抑えられている。
お茶の旨みに浸されたお米はひと粒ずつが生き生きとした食感で、決して堕れることなく木の芽味噌の香り高さを支えていた。

添えられた発酵キャベツも甘みがあり美味しかった。中国の発酵白菜のような安心感のある味。おみおつけとしての役回りのようだけど、わたしはおかわりしたかったです。笑

高梨茶園&VERT 7年熟成 手もみ茶

この茶器がかわいくて、によによ
自分で注いだので茶葉が
いらっしゃってしまいました

コースの最後を締めくくるお茶は、田中シェフ自らが手もみした茶葉。
その様子が撮られた映像はなかなかハードワークで、パーソナルトレーニングとお茶の手揉みが掛け合わされたジムとか、いつかできてもおかしくないんじゃないかと思う。鍛えられるし、お茶飲めるし。
トータル7時間かかったそうだからもう本当に、お金を払っているだけで飲めるなんて、ありがたいです。

まーたかっこいい茶器を!

薄い急須に湯を注いで1分で茶腕へ移す。
手もみ茶は本来10煎は飲めるそう。

お湯を注いだ直後。色がきれい

ふくらみ始めると
こんな感じ。

2煎目。いきもの、、、

だんだん膨らんで葉の姿に戻っていくのが楽しい。

3煎目。すっかり膨らんだ!

最初はすっきりと、優しい甘みを感じていたが、温度変化によってだんだんとコクというか、エグみとすら捉えられ得る特徴的な出汁のような風味になる。
これがお寿司屋さんで出される味らしい。なるほど。シャリや魚に合うのは白ワインのようなスッキリさっぱりだけではなく、澄んだ昆布出汁のような繊細な輪郭なのかも。

今回は3煎飲んだらめちゃくちゃ美味しいお醤油と、めちゃくちゃ風味高い白ごまをのせてお浸しに。
ちなみにお醤油はクルメキッコーさんの「舌鼓」だそう。福岡の方はやはり、福岡のお醤油になりますよね。(わたしも父が福岡なので甘いお醤油だいすきです)

一度乾燥したあと湯戻りした葉の食感は厚みのせいか、ぬめりのない海藻というかモロヘイヤというか、柔らかいけど自我のある食感で食べ応えがあった。

噛み締める度に強烈に渋みが溢れる。その後を付いてくるわずかな甘みやその他に触れたくて完食してしまいました。
おかげでこの日は眠れず、お茶のカフェインをダイレクトに感じたのはこれが初めての経験だったかもしれない。

面白かったのは、この茶葉のお浸しを頂いたあとに飲む水がとても甘く感じられたこと。渋みが流れるからなのかな。その事をシェフにお話しすると「そうなんです!」と大きく頷いてくれた。
お浸しとお水までペアリングだったとは。気付いてよかった・・・

田中シェフが自ら書したそう。
全部かっこいいじゃん。やだ

お茶も、茶器も、田中シェフのお話も全てが密度高く気持ちが大忙しの2時間だった。
最初は緊張感のある雰囲気に小さくなっていたけど、魅力的な話と、こちらの感性に知識や体験、あらゆる方法で応えてくださる姿勢に、すっかりファンになりました。

次期の松屋銀座のバレンタイン催事ではあの繁盛を景色としてではなくそこに参加したいという熱が、わたしも生まれてしまったかもしれません。

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