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朝ドラ批評家の『虎に翼』考  第19週 優三さんの泣ける手紙は最高も、本当に味わうべきは「沈黙」じゃないかしら

こんにちは、朝ドラ批評家の半澤則吉です。
新潟編、僕はとても楽しめたのですがみなさんいかがだったでしょう。今作は東京出身の主人公ゆえ、序盤に「地方編」がない珍しい朝ドラでしたが、さまざまな重要テーマを散らしつつ、星航一との綿密なやりとりを描く場として新潟編を作ったこと、素晴らしい演出だったと感じています。
そして優三(仲野太賀)の手紙というか遺書というか、お守りが全国民を泣かす事態になり、漏れなく僕も涙しました。もちろん、それも素敵でしたが、ここではそれ以外にもフィーチャーしたいと思います。

まずは第19週の振り返りましょう。

寅子の新たな恋、そこに至るまでを本当、丁寧に

寅子(伊藤沙莉)は、航一(岡田将生)の過去の苦しみを理解し寄り添いたいと考えるも、まだお互いにその感情を整理できずにいました。また森口(俵木藤汰)の娘・美佐江(片岡凜)の事件は解決せず美佐江を傷つける言動をしてしまったことに思い悩む寅子。彼女を気遣い、ある日曜日、航一は寅子の元を訪れます。2人はぎこちないやりとりを続けるだけで時間が経ってしまいます。その後、花江(森田望智)が新潟を訪れた際に、優未(竹澤咲子)は優三のお守りのなかに手紙が隠されていることを寅子に伝えます。この手紙が後押しとなり、寅子は航一の気持ちを受け入れることになります。

黙ることは語ること、伝えることでもある

優三の手紙、とんでもなくよかったですし、木曜の朝、虚をつかれました。あそこまで涙々の展開はさすがに想像してなかったよと(木曜だし)。ですが、その伏線といえる水曜、第93回、寅子の家を訪れた航一とのシーンが良すぎたのでここで引用し考えていきます。

航一:読まなければいけない書類がたまっていて、読む場所はどこでもかまいませんので
寅子:心配かけてごめんなさい。
航一:謝ることではないです、むしろ謝るのは突然訪ねてきた僕のほうだ
<中略>お茶を出すやりとり
ナレーション:その沈黙が不思議と寅子の気持ちを軽くしていきました
寅子:少し休憩されますか
航一:ええ(といって、優三の写真に目を向ける航一)
寅子:(お守りを持ちながら)夫が出征するときに作って持って行ってもらったんですが、これだけ戻ってきました。お茶、新しいのに変えますね
航一:ありがとうございます

このセリフがほぼなく沈黙シーンが続くなか、寅子がガチャガチャと麻雀牌を並べる練習させたのも見事、静かな雰囲気を際立たせました。また、航一が寅子に、寅子が航一に気を許しているということを明確に示すシーンでありながら派手な演出ゼロで、それが逆に2人の関係性を表現していたように思いますね。そして、ここからがスゴかった!

航一:(熱いお茶を飲み、ためらう)
寅子:あ、ごめんなさい
航一:沈黙
寅子:沈黙
航一:沈黙……ごめんなさい
寅子:沈黙……うれしいんです、来てくださったことも、何もいわずに側にいてくださったことも。でも……沈黙
航一:僕も、無意識に弱っているあなたに付け込もうとしていたのかもしれません。すみません
寅子:……沈黙のち、笑顔
航一:笑顔(お茶を飲み笑い)おいしいです
寅子:よかったです
航一を見送る寅子
航一:では、また
寅子:また、本庁で
航一:沈黙……会釈
寅子:沈黙……会釈
ナレーション:胸が苦しくて息がつまる、込み上げてくる感情がなんなのか、その答えから必死に目を逸らすことしかできない寅子がいました

この回、何度も見たのですが脚本も演者も天才ですね。沈黙ってこんなに重たいし、意味深い。沈黙のなかには言いたいことも含まれるし、言いたいことを言えないということも含まれる。それって、当たり前だけどこのように描くのって激ムズでは?セリフのやりとりの奥にあるものに、心を掴まれました。

また、その「メッセージ」が深いこと。
僕は男性なので、つい男性目線で考えてしまうのだけど、これは航一からしたら明確に「フラれて」いますよね。それに対し、あたふたしたりせず沈黙で返す航一のかっこよさよ。と、同時に、沈黙でフってしまう寅子の優しさよ。「黙して」背中で語る航一の愛の告白も切なかったし、寅子の沈黙は、雄弁にいろいろな感情を伝えていたように思います。昭和27〜28年というと1914年生まれの寅子は38歳ですか。大人の微妙な恋愛を、丹念に描いた場面だったなと改めて。
という僕の解釈を、朝ドラ好きに言ってみたところあれは「フッた」ではないと、一蹴されました。そう言われるとたしかに、フリフラれではなくて、もっと高い次元の感情のやりとりを描いているのだなとじんわり感じました。星さんバリに、なるほどと思った次第。

改めて過度なセリフでなく沈黙をベースに作っていることがスゴいです。作る側からすると絶対に言葉で埋めたくなると思うのですが、これだけ余白を作れる余裕が、作り手、演者にあったということが良い。考えてみると実生活で、僕らは恋愛でも仕事でも、あらゆる場面で沈黙してしまう。そして、それにはけっこう意味があって、メッセージもある。このリアルをドラマに落とし込むって、かなり難しいと思いますが、この回は「沈黙」が語るという、ハイレベルな会話劇でした。

声に出して読みたいというか、書き記しておきたいレベルの名文だった優三の遺書。


と、そこは褒めちぎってみましたが、やはり優三の手紙が良すぎた。僕が忘れないためという意味も込め、冒頭だけ引きます。

弱音を吐くことができる人、正しくないトラちゃん(原文ママ)も好きでいてくれる人を見つけてください。できれば心から恋して、愛する人を見つけてください。

優三の「トラちゃん」表記にグッときました。カタカナ読みだったんだ。若き日の2人を思い出し、また切なくなります。
そして、「弱音を吐くことができる人、正しくないトラちゃん好きでいてくれる人」って優三さん、それはあなただし、もっというと優三さんがなりたいと思っていた存在だよね。素敵です。

XなどSNSをチラチラ見ていると、手紙がご都合主義ではないかというコメントがありました。死を前にして嫁の第二の人生を思う前に、まず自分の気持ちじゃないかとか、お守りを人に託すくらいなら遺書も託せよとか。うーん、わかる気もするツッコミですが、お守りに隠したこの手紙は優三さんなりのやり方、考え方だったのではないでしょうか。見つけてもらえないならそれはそれでいい。とは思いつつも、彼は寅子に手紙を書く段で「愛する人を見つけてください」と冒頭で書いてしまう、優三は本当に大きく優しい男なんですよ、間違いなく。

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