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朝ドラ『カーネーション』考①。最初っからこんなに面白いのは、ドラえもんとジャイアンを兼ねる善作さんのおかげ?

こんにちは、ライターで朝ドラ批評家の半澤です。NHK BSの再放送『カーネーション』だいぶ温まってきましたので、ここでいろいろと論じていければと思います。

実はリアタイ放送時2011年はサラリーマンで、朝ドラの放送時間には地下鉄に揺られており、こちらはNHKオンデマンドで後日見ていました。とても好きな作品だったので、再放送となり小躍り。改めて見ると本当に素晴らしいですね。ここでは改めて何が「素晴らしい」のかを僕なりにを解剖していきます。

与えられたテーマに対しての「ゴール」が心地よく、とにかく見やすい、これぞ朝ドラ

まず、本当に見やすい。今週で第5週ということで大体1カ月分の放送なのですが、週のテーマ(もしくは課題)とゴール(もしくはオチ)がめちゃくちゃわかりやすいんです。ここでは4週までを振り返ります。

第1週「あこがれ」
テーマ:岸和田だんじり祭の華、大工方に憧れる糸子(二宮星)→ゴール:アッパッパとの出会い

第2週「運命を開く」
テーマ:たまたま覗いたパッチ屋に憧れる糸子(尾野真千子)→ゴール:洋裁を禁じられ号泣もパッチ屋で働くことを許される

第3週「熱い思い」
テーマ:パッチ屋に入るも、修行の日々にやきもきする糸子→ゴール:パッチ屋でアッパッパづくりできるようになるも、店を解雇される

第4週「誇り」
テーマ:仕事を探す糸子はミシンを教える根岸先生(財前直美)に憧れる→洋裁の基礎をたたき込まれ、洋服を着る哲学まで学ぶ

話が行ったり来たりしないことも見やすさになっていますが、週ごとにやりたいテーマが明確=それが週タイトル、というのも見やすいポイントかと思います。当時は週6話あった朝ドラとしてベーシックなつくりなのですが、それが心地よいですよね。
そして、まあ、週タイトルが本当すばらしいこと。短編小説のタイトルかってくらい端的で美しいですし、どれも短編小説として成り立つほどの見事な構成とぎっしりの内容。初見時には気づきませんでしたが、とてもロマンチックな言葉を並べつつも、一週間かけてそのタイトルの内容を書き切っているように思います。第4週なんて『誇り』というタイトルの小説でここだけノベライズしてほしいくらいキレイ! こういうことって、なかなかできないし、半年にわたる朝ドラなので、かなり入念に計画立てて作られていたことがわかります。

ドラえもん役とジャイアン役をこなす善作さんの凄まじさ

そして、次に挙げたいのが物語のエンジンがしっかりしていること。まず@@したい、@@になりたい、という糸子の圧倒的なパワーと強い感情があります。これが大前提で、彼女の欲求こそ本作のエンジンです。

僕が昔から好きなのが第12話。パッチ屋になることも許されない、男の子にもなれないことで気持ちを爆発させます。いじめられている勘助(尾上寛之)を助けようとして喧嘩に負けて、勘助に背負われて帰ってくるシーンです。糸子と祖母(正司照枝)とのやりとりですが、糸子のセリフの一部を抜きます。

悔しいんや、勘助(尾上寛之)に助けられてしもうて。勘助に助けられるようになったらしまいや。
あんなヘタレかて男やっちゅうだけで、うちより強なってまいよった。
知らん間に男らだけが、どんどん強なって、うちはおいてけぼりや、一生勝たれへんのや。

そして号泣しながらこう続けます。
うちアッパッパ縫いたいんや、桝谷パッチ店で働きたいんや。ミシンはうちのだんじりなんや。

糸子=のび太の「@@したい」。物語序盤はこの構造が続きます。そしてこれを「叶えてくれる」、ドラえもんの役割を果たしているのが小林薫演じる、父、善作です。上記のシーンも糸子が泣き叫ぶ様を影で見守っていた善作が写し出されていましたが、その後にパッチ店で働くお許しがでます。
善作のスゴいのは「叶えてくれる」もこなすのに、そこに行くまでがストレスフルというところ。糸子も視聴者もそれに腹を立てるわけですが、そのおかげで自然と緊張と緩和が生まれ、「叶えてもらえた」ときのうれしさを、糸子とともに喜べるという独特の没入感を生んでいます。
そう、善作はドラえもんもやりながら、ジャイアンの役割も担っているというわけ。糸子の願いを阻害したり、怒鳴り散らしたり、そもそも善作(ジャイアン)のせいで、糸子は窮地に追い込まれたり。
のび太というエンジン、ドラえもん+ジャイアンという車輪がしっかりしている。この構造が最初から機能していて驚きました。加えてほかの登場人物のキャラ造形も見事なので物語序盤からずっと「面白い」と感じられ没入度が高いのではないでしょうか。

繰り返し見たくなる回ばかり、セリフの鮮烈さがケタ違い


これは、今後も語りますがあまりに美しいセリフも、朝ドラ随一だと思います。
第23話・24話、ここにも作品の指針を決める場面がありました。根岸先生の授業で初めて洋服を着て街を歩く糸子。好きな花は何かと聞かれてカーネーションと答えます。そこで根岸先生はこう返す。

じゃあ、カーネーションになったつもりで歩くの。カーネーションの花は堂々と咲いているでしょ。恥ずかしがって咲いているカーネーション見たことある?
ただ無心に咲く、それでいいの。

下を向き続ける糸子に対し根岸先生は、少し怒った口調でこう語りかけます。

私は今、あなたに一番大切なことを教えているの。洋服を着て胸を張って歩くということを、あなたの使命だと思いなさい。

その後、糸子は憧れの人、泰蔵(須賀貴匡)と偶然すれ違い一度俯くも、笑顔でお辞儀を交わし、胸を張って歩いていきます。

次の第24話で根岸先生が去り、「根岸先生、ありがとうございました」と泣きながら糸子は頭を下げるところまでがワンセットですが、素晴らしいセリフ連発で、何度も見返してしまいました。これ昭和5年、なんと糸子17歳のときの話です!いやあ、脚本が染みます。根岸先生の言葉って洋裁や洋服を着ることだけではなくて、人生観に対してもだし、女、人としての気構えでもある。少女から女性に成長するさなかの糸子(本人はまだピンときてないけれど)に向けられた、素敵なメッセージだったのだと思います。丹念に物語と感情が編み込まれているから、こんな名台ゼリフ、名場面が生まれるんですね。本作のモデルはファッションデザイナーで有名なコシノ三姉妹の母、小篠綾子さん。彼女の人生自体もドラマのように面白いのでしょうが、今のところ脚本の力に毎度、幸せを感じる日々です。

再放送でもまだまだこうやって考え直す余地があると思いますし、本当に丁寧に作られている作品だと思います。今後も折を見て繰り返し見返しながら、感想を書いていきたいです。


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