夏草に埋もれた彼岸花

 今年の夏は暦に忠実だった。あまりに忠実過ぎて、暦に興味のない人間は切り替わりに身体がついていかない。いつもならダラダラとした残暑というバッファがあり、そこで夏の終いの支度をして涼しくなってきたねと帽子を脱ぎ始めるはずだった。

 9月に入ってあからさまに気温が下がり、気温が下がることで夏雲が居なくなり、気温を下げるに至った薄ら冷たい風が夜の地面を冷やしていったんだろう。夏から秋への模様替えは派手で、気温が急に下がるなら何もかも急にいっぺんに秋に見える。夏の終わりに刈られるはずだった河川敷の雑草は、来なかった夏の終わる気配とともに放置されている。夏草が消えたあと独壇場になるはずだった彼岸花は、満員電車に押し込められたように顔だけが草むらから覗くばかりでなにか勿体無い思いになる。

 単体で主役を張れるほど見事な秋の風物詩が、雑草の山に埋もれている。その様も、今年の夏の終わりを思わせて趣があるんだろうが、それにしたって贅沢すぎる。カレーの中に国産和牛のサイコロステーキが入っていた時の気持ちが一番近い。ステーキだけで食べたかった。勿体無い。いや美味しいんだけど。

 秋に向けてどんどん涼しくなって、あの埋もれた河川敷の彼岸花もどんどん土から顔を出してくるんだろう。これから草刈りをしたところで全員道連れだ。もうどうしようもなく手遅れで、今年の彼岸花はそうして終わるんだろう。こうして何か言い残しておきたい程には、言いようのない愉悦と懊悩の風景だった。

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