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若年性アルツハイマー

最悪なのは、お前が死ぬことじゃない。お前が生き続けてしまうことだ。人間の抜け殻になってまで」

荻原浩

「明日の記憶」


おばあちゃんが認知症だった。
おじいちゃんが他界して、おばあちゃんが一人暮らしをしてだいぶ経ってから。
毎月、会いに行ってた。
ある日、近所のおばさんと話す機会があって、
「最近のおばあさん、大丈夫?この間ね、一日に6回も出かけてて、どん兵衛を一個ずつ買って帰ってきてたわ。声かけたらね、これがおいしいんですわって。普段はそんなことないんだけど、ねえ」
それからしばらく、おばあちゃんの家に行くと、バスタオルがぜんぶ切られてハンドタオルが作られていた。
おばあちゃん、コレなに?
「タオルがぜんぜんあらへんねん。だれがもってったんやろか」
こんなんしたら、バスタオルないやん。お風呂どうするん?
「あらへんことないで、いっぱいあるわ」
どこに?
「。。。。」
おばあちゃんは和裁が得意で立派な裁ち鋏を持っていた、怖くなった。
ワタシは鋏を持って帰った。

おばあちゃんが救急車で運ばれた。
脱水で高熱だった。
家にはどん兵衛がいっぱいあったらしい。
ワタシは、一個のどん兵衛を何回も買いに行くという話を思い出した。

おばあちゃんとお父さんが同居することになった。足の悪い母が父を送り出すだろうというのはだいたい検討がついた。
でも、ぜんぜんアテにならないと思っていた矢先、やっぱりなことがあった。
おばあちゃんがベッドから転落して大腿骨骨折で寝たきりになった。
お父さんはたまたま出かけてて、目を離した隙に、と言っていたが、連日、麻雀に出かけていただろうことは明白だった。父は祖母に、最期まで親不孝で、ゴミ屑みたいな人間だった。おばあちゃんは家に帰ることなく病院を転々として亡くなった。

入院したおばあちゃんには二日と空けずに面会に行った。声をかけるとニコニコして頷くけれど、てんで耳に入っていないだろうとわかっていた。
病院食を器のふたに切り分けてワタシに食べさせようとしていた。女の子と男の子の人形を胸に抱いて、ワタシに片方を抱かせた。

父が喪主になる、ワタシは父がいない通夜だけ行った。病院でも父に会わなかった。父はワタシが子どもの頃から名前だけあって、いつも不在なのだ。自分の母の通夜でさえも。
さすがに葬式にはいたらしい。


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