昼ドラな人

 以前働いていた職場で、私は酷いいじめに遭った。もしかしたらいじめだと思っていたのは私の方だけで、相手にその気はなかったかも知れないが、〝いじめというものは、いじめる側が判断するものではない。いじめられた側がそれをいじめと感じれば、それはもう立派ないじめ〟と書いたフィフィの言葉に説得力を感じている私にとってそれは、やはり立派な〝いじめ〟であった。
 そもそもそこは、愚鈍な上司に辟易した部下たちの不満が鬱積した職場であった。そんなこととは露も知らずに、中途採用された私に、その不満は〝新人教育〟という名を借りて襲いかかったのである。
 教育係として任命されたSは、その職場に於いて私の次に新しい人間だった。柔らかい雰囲気の可愛い人で、とても人当たりが良かった為、安心していたのだが、これが飛んだ化けの皮を被った八方美人だったのである。彼女は言わば腰巾着のような存在で、私に優しく指示指導を行う一方で、いじめのボスであるHに対し、こちらの行動を逐一報告しているのであった。
 また、Hから私への指示指導や諸注意があった場合、それはHから直接私に伝えられることは稀で、多くは伝言ゲームのように、HからS、そしてSから私へと伝えられてくるのである。確かにデスクは三人地続きであったが、距離が何メートルも離れているわけではない。私に言いたいことがあるのであれば、Sの背後から私に声を掛ければ良いだけの話である。
 一度、余りにもあからさまなその様子に気分が悪くなり、Sに訊いてみた。
「Hさんは何故自分で直接言わないんですか?それ、Sさんの意見じゃないでしょ?」
 Sは、背後から刺すように睨んでいる隣のHの視線を感じながら、私に苦笑いしてみせたが、その後別室から、Hの絶叫が聞こえて来たことを思えば、またSが自分の都合の良いように私の発言を告げ口したのであろうと思われた。
 さて、タイトルである【昼ドラな人】とは、実はSではなくHのことである。初めてHに会った時、私は『こんな人、現実におるんや…』と本気で驚いた。
 先ず、初対面の私を、明らかに奇異なものを見るかのように、両の眼をこれでもかと見開いて、上から下まで何度も舐めるように見たのである。
 そんな出迎えを受けたのは、大人と呼ばれる年になってからは初めてだったので、非常に戸惑った。
 その他【昼ドラな人】の特徴として、次のようなものが挙げられる。
 
☆ 鈴を転がすように笑う(実際は、鈴を強く激しく振っている感じ)
☆声は笑っているが、顔は笑っていない
☆口元を引き攣らせて嘲笑する
☆説明や反論とも取れる意見を言われると「もういい!」と一方的に拒否する
☆電話の声が三オクターブ上がる
☆ 気に入ったり、自分にとって都合が良いと判断した相手に対する、自己アピールが凄まじい
☆電話や、上記のような相手には、舌足らずの若干赤ちゃん口調になる(です、ます→でしゅ、ましゅ…等)
☆ 逆に、気に入らない相手には鬼の形相でいきり立つ
☆相手が上司であろうと喧嘩腰
☆鉛筆一本転がしただけで横目遣いでじろりと睨む
☆気に入らない一挙一動にいちいち反応して、悪い捉え方をした上で周囲に言いふらし、同調を求める
 
 休職中、「こんな人…現実に居るのか?」と笑いながら見ていた昼ドラの登場人物のような人間が、職場復帰するなり登場したのだからこんなに驚いたことはない。しかも、テレビの中では『嫌な奴』『馬鹿みたい』と、所詮虚構の世界だと客観視していたが、現実の世界で昼ドラのような人から昼ドラ並みのいじめを受けるというのは、本当に心の折れる恐ろしい体験であった。離れた今ならその馬鹿馬鹿しさを淡々と語れるが、渦中に在った毎日は葛藤の連続で、相手の目を気にしてびくびくしながら過ごした。味方が一切居ない中での、あまりに大人げのない〝指導〟に愛や良心は皆無で、私は自分の中に原因を探し、彼女をそのような言動に駆り立てる背景に思いを馳せることでそれを理解しようとした。
 【罪を憎んで人を憎まず】という言葉があるが、実際、彼女に罪の意識は恐らく無く、私もそれを〝罪〟と言って良いものかと悩んだ。心が通じないからといって、全くの赤の他人を非人道的とも言える行動で傷付け、それが当たり前で、むしろ正しいことであるかのように振る舞っているHを見て、その人を憎まずに何を憎めというのであろう。そこまで人に嫌われることを厭わない精神というのも、余程鍛えられたものであったに違いない。
 私が遭った職場いじめは三ヵ月続き、年度を経て人的環境が一変したことで終焉を迎えた。しかし八方美人のSが一番の古株として職場に残ったことと、Hの根付かせた風潮から解放され、同じことを繰り返させないようにと考えたのか、実力無関係の権力主義という誤った職場環境づくりで心機一転を図ろうとした愚鈍な上司の影響で、翌年、私は職場を去ることとなる。
 そして恐ろしいことに、もう一生会うことはないと思っていた【昼ドラな人】と、何の因果か転職する為に受けた面接会場で、思わぬ再会を果たすことになるのである。

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