6月8日 ②

 ほぼ二ヶ月乗っていなかったせいで、バイクのエンジンがかからない。キックで試すとすぐにかかり、年度末にメンテナンスのタイミングが合ったのと、今が真冬でなくて良かったと感謝した。
 面接先は誰もが間違えるらしい。事前に目標物を知らされてはいたが、インターネットで調べてみても把握できず、スマホの地図で調べてもわからなかった。
 十分前に目標物には辿り着いていたが、応募先の会社が見当たらない。何度も行ったり来たりしたものの埒が明かないので応募先に電話する。付近にいるようではあったが、先方の言う四階建てのビルというものが見当たらないのだ。社名とは違うその建物の二階らしいのだが、電話で聴いた社名の看板が立つ場所は、工場なのであった。
 既に約束の時間を5分過ぎていた。面接に遅刻などご法度。普通に考えれば解るが、前日見つけたネットの記事に上書きされていたことで、より身に迫った。
 二度目の電話で面接辞退を申し出ると、対応した事務員が私の居るところまで出てきた。茶髪だが年齢不詳の女性は不機嫌そうであったが、行き先を指南し、「こちらから電話入れとくんで…」と背中を押してくれた。
 ビルは、広い駐車場の奥に建っていた。私は何度もその前を通っていたのだが、応募先の社名とは違うその場所に、足を踏み入れることはなかったのだ。
 面接官は気さくなちょい悪親父だった。行ったり来たりしている奴がいるので「あれちゃうか?」と思っていたらしい。
「求人票にも書いててんけどなぁ…」
 ビルは本社のもので、その二階が募集先の会社だったのだが、そのような記載を見た記憶がなかった。求人票は簡素だったが、私が見落としたのかも知れない。
 遅刻したが、嫌な面接にはならなかった。応募動機すら聞かれず、難しい質問もされなかった。しかし興味を持たれなかったという印象ではなく、書類を通して無駄な質問をしないでいる感じ。既に何人も応募者がいたようで、社に貢献できるような実務も経験もない私が受かるようには思えなかったが、働きたくないと不安になるような気持ちは持たなかった。
「スキルアップのために、年に一度、事務職にも業界の専門試験を受けさせてるが、全員滑って来る」
 ちょい悪親父の言葉を聞き、その試験を、私はクリアしてみたいと思った。口に出して言えば良かったと後で後悔したが、全く興味の無いその分野の試験を、自分ならやり遂げてみせると素直に思った時、私は自分が実は負けず嫌いなのではないかと感じた。今までまるで自覚のなかったことで、むしろ他人に対する劣等感の方が強く、勝ち負けなど意識するだけおこがましいと思っていただけに、意外な姿を自ら知ることとなった。
 三日後には合否の連絡をすると言われ、面接は終了。自宅に戻ったのは出発から一時間後で、何とも効率の良い採用試験だった。
 疲れてぐったりだった。面接で…というより、迷子で右往左往したことに…。数ヶ月ぶりの化粧を落とすために鏡の前に立った途端、酷い胃痛がぶり返してきた。ベッドに倒れ込んだが眠れなかった。
 迷い捲ったことが気になり、求人票を見直す。【会社の特長】という欄に、ビルにあった会社の下請けであることが書かれてあったが、主旨は〝未経験でも働きやすい〟という点に焦点が当たっている。面接先にビルの名前が書かれているわけでもない。これではわからないと思った。

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