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木下半太 小説「ビデオショップ・カリフォルニア」3

第3話 ビデオショップ・カリフォルニア

 一週間後、デグから電話があった。
『リュウ。バイトみつけたぞ』
「おう。よかったな」
『お前の仕事場やで』
「はあ?」おれはリモコンでエロビデオの音量を下げた。
『ファミマをクビになったんはオレのせいやからな』
 デグは変なところで責任感がある。
「職種は?」
『レンタルビデオ屋』
「マジ?」テレビの画面では、島袋浩がOLの胸を揉んでいる。「……なんて店?」
『ビデオショップ・カリフォルニア』

 《カリフォルニア》はJR摂津富田駅の裏にあった。
「ここ……この前車停めた場所じゃねえか」
 元旦テレクラ事件のとき、デグの愛車を路駐した目の前にカリフォルニアがあるではないか。あの夜は、シャッターも降りてたし興奮もしてたしで、まったく気がつかなかった。
「ここのシャッターにバイト募集の紙が貼っていたのを思い出してん」
「お前、結構、冷静やってんな……」おれは感心して言った。
「オレもバイト探してるからな」
 デグは大学生だ。そこそこ賢い大学に通っている。つい最近までは家庭教師のバイトをしていたが、「人生勉強」と称して教え子をボーリングやゲームセンターに連れて行くので、あっという間にクビになった。
「ちょっと待て」店内に入ろうとするデグを止めた。「お前と一緒に働くんか?」
「おう。そのほうがオモロイやろ?」
「オモロイけど……」
 絶対にメチャクチャになる。まあいい。友だち同士で面接を受けても落とされるだろう。

「合格! さっそく、二人とも明日から来てよ!」
 あっさりと受かった。
 オーナー店長は、テンガロンハットを被った異様に陽気な男だった。
「いやあー、ラッキーだなぁ。即戦力が二人も来ちゃったよ!」
 店長の名札には《米田》と書かれていた。年齢は不祥。三十代にも五十代にも見える。鼻が高く立派な口髭を蓄えているので、国籍まで不祥だ。
 おれたちのどこをどう見て即戦力だと思ったのかは謎だが、金欠だったのでバイトが決まってひとまず安心した。
「ハリウッドクイズいくよ」突然、店長が言い出した。
「えっ? ……クイズですか?」さすがのデグも店長のノリに驚いている。「ダスティ・ホフマンは売れない時代、誰のアパートに居候していたと思う?」
 おれたちは顔を見合わせた。わかるわけがない。
「ヒント、『フレンチ・コネクション』でアカデミー賞主演男優賞を受賞」「すんません、わかりません」デグが即答する。
「第二ヒント、『許されざる者』でアカデミー賞助演男優賞を受賞」
「ジーン・ハックマンですね」事務所のドアが開いた。
 燃えるような赤い髪をした女の子が入ってきた。革ジャンに破れたジーンズ、ロングブーツを履いている。
「あ、若林さん。おはよう。この二人が明日から入るからビシビシ鍛えて上げて」
 若林さんは無表情のままおれたちにペコリと頭を下げ、革ジャンを脱いだ。
 そのとき、奇跡が起きた。大げさではなく、ベートーベンの《歓喜の歌》がおれの頭の中で流れた。
 それほど素晴しい豊満な胸の持ち主だった。タートルネックのセーターだから余計に強調されているのかもしれない。とにかく形といい大きさといい、信じられないほど美しかった。若林さんは事務所の壁のハンガーに革ジャンをかけ、《カリフォルニア》とロゴが入ったエプロンをつけた。そのしぐさはスローモションを見ているように優雅で、おれは目が離せなかった。
 若林さんは、タイムカードを押し、店内へと出て行った。
「彼女は一番の古株だから、わからないことがあったらなんでも聞けばいいよ。映画監督を目指してるだけあって、映画も見まくってるしね。ちなみにあの赤い髪は『ラン・ローラ・ラン』のヒロインの真似をしてるんだ」
 その映画も知らない。ここで働いていいのかと早くも不安になってきた。
「インパクトのある子やなぁ」デグは、おれの顔を見た。
 おれは、心臓の鼓動がデグにバレないようにするのに必死だった。
 これから共に働く子に一目惚れしたなんてバレたら、エライことになってしまう。

「ここは変わった人間の集まりだけど、みんな根はいい奴らだから。すぐに辞めないでね」
 バイト初日。店長が、笑顔で言った。今日も相変わらず、テンガロンハットをかぶっている。
「すぐに辞める人が多いんですか?」
 デグが訊く。エプロンが致命的に似合っていない。
「うん。今いる人間以外は一週間も持たないね」
 午前十時。まずは掃除から業務が始まる。スタッフは店長とおれとデグの三人。早い時間は比較的に暇らしい。
 おれは掃除をしながら店内を観察した。
 そこら中に映画のポスターがベタベタと貼られている。観たことのないタイトルの映画が多く、一目でマニアックな店だとわかる。驚いたことにアダルトビデオが一本も置いてなかった。これには心底ガッカリした。レンタルビデオ屋で働く上での一番の特権がないのだ。早くもモチベーションが下がりはじめる。もう一つおれのやる気を削ぐことがあった。さっき、事務所にあったシフト表で確認したら、若林さんはおれたちと入れ代わりで勤務する。へこんだ。
 カリフォルニアは、おれの知っているビデオ屋とかなり違った。ビデオ一つ一つのパーケージに、スタッフの手書きコメントがついている。
「すげえな」モップを持つデグが言った。「どんだけオタクやねん」
 どのコメントも細かい字でビッシリと書かれている。逆に読みづらくて不親切だと思うのだが。
「これはやりすぎやろ……」
 デグが一本のビデオを取った。背表紙に『ニキータ』とタイトルが書かれているが、表も裏もコメントの書いた紙で覆い尽くされている。
「それは、この店で一番オタクの成瀬君が書いたものだよ」
 店長がニコニコ顔で言った。
「ここまで書いていいんですか? どんな映画かもわからないじゃないですか」デグが顔をしかめる。
「いいの、いいの。お客さんに映画を愛する気持ちが伝われば」
 伝わると言うよりは脅迫に近い。
「ちなみに、これが若林さんのコメント」
 店長が恋愛コーナーから一本抜いた。
 『トゥルー・ロマンス』だった。この映画は観たことがある。
「これ、恋愛映画だったんですね……」おれは、思わずつぶやいた。
 バイオレンス映画だと思っていた。ヒロインがチンピラにボコボコにされるシーンを覚えている。
 若林さんは《究極の恋愛映画》と書いていた。
 綺麗な字だ。

「おはようございます」
 昼過ぎ、ダース・べイダーがカリフォルニアに入ってきた。なぜか、ナイキのボストンバッグを持っている。
 おれとデグはポカンと口を開けたまま、身動きができなかった。
「あ、成瀬君。おはよう」店長が何食わぬ顔で挨拶をする。
 ダースべイダーがペコリと頷いた。
「例のモノ持ってきてくれた?」
 ダースべイダーが得意げにボストンバッグを上げた。
「じゃあ、さっそく着替えようか!」店長がおれたちに向かって手を叩く。「毎月一日はコスプレの日だから。今日、二月一日だろ?」
「おれらも着替えるんですか?」
「当たり前じゃない。ちなみに僕はインディー・ジョーンズ。寿君はジェイソンね」
 おれはアイスホッケーのマスクを渡された。
「出口君はエレファントマン」デグはボロボロの麻袋を渡された。
「これ、被るんですか……」デグが唖然としている。
「大丈夫。片方だけ穴が空いてるからそこから覗いて」
 このバイト、いつまで続くだろう……。途端に自信がなくなってきた。

第4話につづく


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