健屋花那さんと文学(①近現代日本文学編)
はじめに
※この記事は、2022年に別の場所にて公開予定であった文章に、2024年現在に至るまでの新しい情報を反映したものです。
健屋花那さんと文学
私の好きなバーチャルYouTuberは、にじさんじ所属のバーチャルライバー健屋花那さんです。そして、私の好きなことのひとつは、文学に親しむことです。健屋さんと文学。これらを一度に紹介できる何かを作りたい……!この記事は、私のそんな自己満足への欲求から生まれました。
文学と演劇
健屋さんは、演劇やお芝居に対する情熱を持っています。健屋さんが「電音部」や『Lie:verse Liars』といったコンテンツで活躍されているのも、お芝居に対する努力の賜物といえましょう。
そして、健屋さんが熱い情熱を注いできた演劇と文学は密接な関係にあります。フランスのアレクサンドル・デュマ・フィスによる『椿姫』や、日本の三島由紀夫による『金閣寺』(1956年)など、小説が演劇の題材・出典となった例は枚挙に暇(いとま)がありません。また、史にその名を色濃く残した文学作品の中には、「演劇の台本」として書かれた「戯曲」というジャンルも大きなブロックを成していますが、これらが文芸と演劇の垣根を越え、「音楽」「映画」など、様々な形態のコンテンツの基盤となっています。
例えば、アイルランド出身の作家オスカー・ワイルドは、1891年にフランス語の戯曲『サロメ』を描き上げます。本作はパリでは1896年に初上演されました。『新約聖書』の題材を扱っているため当時のロンドンでは上映が禁止され、上映は1931年まで待たねばなりませんでした。ドイツでは人気が爆発し、リヒャルト・シュトラウスはオペラ『サロメ』を1905年に完成させました。日本でも、大正時代にあたる1913年に上演され、松井須磨子がサロメを演じました。戯曲も、森鴎外をはじめ様々な人物が和訳し、広く読まれています。
こうした、文学や演劇が他の世界へと広がっていく。翻訳・翻案されていく。その延長線上に、「Vtuber文化」も触れているところがあるように思います。すなわち、「文学とVtuberが交わる」ということです。
さて、この記事は、健屋さんと切っても切れない「演じること」のいとなみと、演劇と切っても切れない文学に着目するものです。そしてその目的は、健屋さんが活動し、取り組んできたあれこれに関係する人物や作品を数回に分けて紹介し、健屋さんの活動を振り返ろうというものです。
今回は、近現代の日本文学を中心に紹介して参ります。
宮沢 賢治
まず本記事で取り上げるのは宮沢 賢治(みやざわ けんじ1896(明治29年)~1933(昭和8年))。健屋さんはよく星空のようなキラキラしたものが好きだと仰っていますが、宮沢賢治の描き出す世界の中にも、鳥などの生き物たちと共に、サファイア、金剛石といった煌びやかな石と共に、星々が存在します。例えば後述する『銀河鉄道の夜』『よだかの星』はもちろん、『双子の星』には「星めぐりの歌」という歌が登場します。さそり座のアンタレスを思わせる「あかいめだまの さそり」に始まり、「オリオンは高くうたひ」「アンドロメダのくも」など天体の数々を連想させる言葉が続きます。作曲も宮沢賢治で、この曲は2020年東京オリンピック(2021年開催)の閉会式でも使用されました。
宮沢賢治は「雨ニモ負ケズ」において、「ワタシハナリタイ」としている存在として「デクノボー」という言葉を使っています。デクノボー、即ち「木偶の坊」。木の人形のことで、「役立たず」「気の利かない人」といった意味で、人を罵る言葉として使われました。しかし、ある解説では宮沢賢治の「デクノボー」観についてこのように説明しています。
「デクノボー」とは何か。「ほんとうのさいわい」とは何か。宮沢賢治の作品には、「自己犠牲」や「無知」という言葉では片付けられない「生き方」の哲学があるようです。彼の作品の魅力はそのような点にもあるように思われます。
銀河鉄道の夜
宮沢賢治といえば、なんといってもこの作品です。
父が漁に出ている中、病気がちの母を支えるために学校の終わった後も活版所で汗水を垂らし働くジョバンニ。周りが彼をからかうなか、ただひとり優しく接してくれるカムパネルラ。この2人の少年が銀河鉄道に乗って銀河を旅するというストーリー。その道中で様々な場所を通り、様々な人々に出会います。
作中には1912年に沈没したタイタニック号の事件についての言及もあって、個人的にはここが印象深く感じています。沈没事故の言及によって、この『銀河鉄道の夜』という夢想的な小説の世界が、私たちの生きる世界とは全く異なる平行線上の世界ではないように感じられます。
描写も詳細かつ美麗です。例えば、銀河には水が存在しているのですが、その水も次のように描かれています。
ただならぬ想像力により生み出された宮沢賢治の宇宙像。小説の描写から情景を想像して幻想的な世界に引き込む、宮沢の編む言葉の魔力を感じます。
2人の乗る銀河鉄道が、煌めく十字架「サウザンクロス」に辿り着いたときに物語はクライマックスへと向かいます。ジョバンニが知ることになる結末に胸を打たれた読者も多いのではないでしょうか。
健屋さんは2020年7月28日に『さよなら、銀河鉄道の夜』という脚本の朗読を行いました。
【朗読】「さよなら、銀河鉄道の夜」生朗読ライブ【健屋花那/にじさんじ】
配信日:2020年7月28日
この物語は、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』を原作とした、本作の後日譚にあたります。
開演アナウンスから「客出し」タイムまで、丁寧に、本格的に朗読会を進行していきます。その魅力は兎にも角にも、聴く者の心を深く動かす健屋さんの読み方と演じ分け。『銀河鉄道の夜』を知っている状態で朗読を味わうのも勿論、視聴の時間を充実させることであると思います。あるいは、本作を読んだことがなかったり、最後に読んでから長い月日が経ったりしている場合、この物語を聴いた後に『銀河鉄道の夜』を読むのも良い楽しみ方といえるでしょう。
よだかの星
この印象的な一文で始まる『よだかの星』は、『銀河鉄道の夜』『注文の多い料理店』に並ぶ宮沢の代表作で、かつては国語の教科書にも教材として広く読まれた作品でした。今こそ国語の教科書で目にすることは殆どなくなりましたが、2022年、大学入学共通テストの国語、現代文の一部において『よだかの星』の文章が登場したことで話題になりました。健屋さんが歌った「だから僕は■■■を辞めた」。その原曲「だから僕は音楽を辞めた」で知られるヨルシカの楽曲「靴の花火」のMVにも、『よだかの星』が採り入れられ、その歌詞にも「ヨダカ」というワードが登場しています。
「よだか」すなわちヨタカは全長30cm足らずの鳥。漢字で「夜鷹」と書き、「蚊母鳥(ぶんぼちょう)」ともいいます。作中で「鷹の兄弟でも親類でもありませんでした」と語られるように、タカ目タカ科の鷹とは違った種類で、ヨタカ目ヨタカ科に属する鳥です。孔雀や翡翠(カワセミ)のような鮮やかな色ではありませんが、作中で言われるほど醜悪でもなく(※筆者体感)、大きな目とふっくりとしたフォルムが愛らしくさえあります。とはいえこの作品におけるよだかは醜い嫌われ者。邪慳に扱われることに失望したよだかが、夜に煌めく星になりたいと願う物語です。
2020年に出版された『にじさんじアーカイブス2019-2020』において、健屋さんは「好きな作品」として『よだかの星』を挙げています。
そして、『人外教室の人間嫌い教師 ヒトマ先生、私たちに人間を教えてくれますか……?』を著した来栖夏芽さんも本作について呟き、健屋さんは共感のリプライを送っています。
文芸とお芝居。表現者として活躍するお2人を惹きつける『よだかの星』。教材や作品のモチーフとして選ばれ続ける『よだかの星』。醜い鳥を主人公に描かれたこの美しく儚い物語は、今昔を問わず人々の心に深く残り続ける名作なのです。
宮沢賢治ってどんな人?
宮沢賢治は、1896(明治29)年にイーハトーヴォもとい岩手県の稗貫郡(ひえぬきぐん)で生まれました。農学校で教員として働きながら創作に励みます。ところが1933(昭和8)年、37歳の時に「急性肺炎」で亡くなるまでに刊行したのは詩集『春と修羅』、そして童話集『注文の多い料理店』の2点のみ。その作品を知る者も極めて少なかったといいます。死後に出版された作品の数々が発表され、それらが世代を問わず人々の心を掴み続けて今に至ります。
寺山 修司
寺山 修司(てらやま しゅうじ1935-1983)は戦後日本で活躍した詩人および劇作家で、「演劇実験室」の旗印を掲げた演劇グループ「天井桟敷」(てんじょうさじき。大きな劇場の後方最上階にある、料金の低い席のこと。)を主宰しました。彼は、「アングラ演劇の巨匠」として国内外を問わず足跡を残し、日本の現代文化に大きな影響を与えています。
健屋さんと『少女詩集』
……と、私のようなどこの馬の骨ともわからぬ蚊虻がもっともらしく解説するのも良いですが、それよりもぜひ皆さんに読んで頂きたいものがあります。
「ポエムじゃんw」と笑わば笑え。「照れ」の向こう側に行けた頃。
それは、健屋さんが書いた『寺山修司 少女詩集』(角川文庫)の書評です。読み手をくすっとさせるユーモアと、軽快で淡々たるリズム感が魅力ではあるのですが、それ以上に、表現者・健屋花那さんならではの観点から書かれた書評といえるでしょう。健屋さんは、演劇に真摯に向き合い、現在も演劇に情熱を注ぎ続けているライバーさんです。書評からは、そんな健屋さんの演劇観に近いところに触れられるように感じられます。
健屋さんは『寺山修司 少女詩集』を含む4冊の図書について書評を書いています。こちらから読めますので、ぜひ読んでみてください。
また、2023年12月13日の雑談配信でも、健屋さんの好きな詩人として挙げられました。
寺山修司ってどんな人?
寺山修司は1983年に47歳でその生涯を閉じましたが、彼とその作品は、現在も幅広い年齢層から親しまれ、その支持を集めています。
2023年には河出文庫より出版されている寺山修司のエッセイ『旅路の果て』のカバーにウマ娘のミスターシービーの姿が描かれたことでも話題になりました(※『旅路の果て』ではミスターシービーの父・トウショウボーイとテンポイントの戦いが取り上げられている。なお、「ウマ娘」におけるミスターシービーの固有スキル名は「叙情、旅路の果てに」である)。
また寺山修司は研究対象としても盛んに取り上げられています。例えば、「神の死」を宣告したフリードリヒ・ニーチェとも関連づけられる演劇への問いかけや、フランスで論じられた構造主義およびポスト構造主義(ラカン、デリダ、ドゥルーズ+ガタリ等の思想)との共振を見出す研究もあります。
小川 未明
小川 未明(おがわ みめい、1882(明治15年) – 1961(昭和36年))は小説家・児童作家。
『春がくる前』
【ASMR】深夜の寝かしつけバイノーラル配信【健屋花那/にじさんじ】
配信日:2020年6月25日
配信タイトルの通り、健屋さんがASMRで寝かしつけてくれる配信です。35:45あたりから、健屋さんは小川未明の『春がくる前』を優しい声で朗読します。健屋さんがご自分の声で眠たくなってしまうというほどのボイスによる読み聞かせ。心がリラックスすること間違いなしです。
小川未明ってどんな人?
小川未明は今の新潟県上越市の生まれで、本名は小川健作(けんさく)。『小説神髄』で知られる坪內逍遙を師とし、早稲田大学への在学中から小説を書き始めます。「未明(びめい)」は、逍遙から贈られた名でした。童話を書き始めたのは1906年に雑誌『少年文庫』の編集に携わった頃。1961年、79歳の生涯に幕を閉じるまで、1200もの童話を残したといいます。日本の児童文学の発展に大きく寄与した彼は1953(昭和28)年文化功労者に選ばれています。
人の死、草木の枯朽、町の滅亡などのようなテーマも多く扱った彼の作品は、特に戦後間もない頃には児童文学のテーマとして不適切として批判を受けてきました。しかし彼の死後にはそのようなテーマも児童文学の題材として受け入れられるようになり、現在も『日本児童文学の父』『日本のアンデルセン』として児童文学の世界にインスピレーションを与え続けています。
その他の作品
はやみねかおる『そして五人がいなくなる 名探偵夢水清志郎事件ノート』
2023年11月21日にデビューしたにじさんじ所属ライバー、栞葉るりさん。彼女は、ライバーさんたちから寄せられた「オーダー」をもとにオススメの文学作品を紹介する「ビストロ文学」という企画を行いました。
この企画には健屋さんのオーダーも(1:19:21〜)。その内容は、「読み終わったあとにうわーっ!やられたーっ!ってなる本」。そこで栞葉さんが紹介したのが『そして五人がいなくなる』でした。
本作は、名探偵夢水清志郎シリーズの第一作目。ミステリ好きの方にも幅広く読まれ、支持されてきた一冊です。
栞葉さんは、他にもたくさんのライバーさんのリクエストに応えており、本配信は栞葉さんの幅広い読書歴をうかがい知ることができます。取り上げられた本の中で個人的な推し本は、ドイツ文学推しの私としては、だんぜんミヒャエル・エンデ『モモ』ですねえ……
塗田一帆『鈴波アミを待っています』
本作は、2021年に「ジャンプ小説新人賞2020」のテーマ部門にて金賞に輝いた短編小説『鈴波アミを待っています』を長編化した作品。「Vtuber(※2)の失踪」をテーマに、動画編集者およびVtuberとして活動した経験も持つ塗田氏によって高い解像度とリアリティ、臨場感を以て物語が展開されていきます。活動1周年を迎える人気Vtuber「鈴波アミ」が、記念配信を前にどこにもいなくなってしまう。この失踪と一人のファンをめぐる奇跡を描いた物語となっています。「推し」がいる人、「Vtuber」やそのファンのいる世界を知っている人には特にお勧めできます。筆者も推しを応援し、現にこうして「推し活」に勤しんでいる身。そんな筆者にとっても情熱を貰えるような一冊でした。
本書はカバーイラストをしぐれうい氏、装幀は木緒なち氏、そして帯の推薦文を健屋花那さんが担当しています。健屋さんは配信前にウォーミングアップとしてリップロールをしていたのですが、それが配信に乗ったことがありました。その切り抜きが塗田氏の目にも留まり、作中の「一連の動作をおこなうことでそのキャラクターとして完成する、というギミック」へと繋がっていったといいます。
奥たまむし『どれが恋かがわからない』
漫画は文学なのか?文学研究の対象たりうるのか?という問いは意見が分かれるところかと思われます。しかし、このハイスピード百合コメディを紹介させて頂くためにここでは「YES」と首を縦に振ることをお許しくださいませ。
主人公は女の子が好きな女の子空池メイ。高校の卒業式で失恋したメイは、「彼女をつくる」という強い誓いを立てて大学に入学します。そんな彼女のもとに様々な女の子たちが現れ、メイは様々なシチュエーションに遭遇していきます。
なんとこの作品、公式のボイスコミックにて空池メイ役を健屋さんが担当しているのです。
【ボイコミ】ハイスピード百合コメディ『どれが恋かがわからない』ボイスコミック(CV:健屋花那 ほか)
公開日:2022年5月9日(一部シーン変更前のものは4月25日公開)
健屋さんはこのボイスコミックで、『ウマ娘 プリティーダービー』のウマ娘役も担当している高野麻里佳さんや上田瞳さんといった著名声優と共演を果たしました。健屋さんの出演には、作者の奥たまむし氏の熱い想いがありました。奥たまむし氏は、主人公について「健屋さんからもらった」と仰っています。2022年4月29日の健屋さんの配信では、TRPG『1072』における健屋さんのキャラクター保住深冬が演技プランの参考になったということも語られています。漫画のあとがきにもそのTRPGについて(と思われる)言及が。これはVtuberというクリエイティブなフィールドにおける健屋さんの活動が他のクリエイターさんにもインスピレーションを与えた実例であり、また健屋さん・作品・ボイスコミックをめぐる奥たまむし氏のバイタリティにも拍手を送らざるをえません。
健屋 花那
健屋 花那(すこや かな)さんは、にじさんじに所属するバーチャルライバー。実は、彼女によって書かれた小説もあるのです。
健屋サン!シェリンで夢小説書いて!
本作は、健屋さんのユニット「チューリップ組」のリレー企画で、シェリン・バーガンディ氏が健屋さんに依頼した企画すなわちすこやさんが自分の同期の夢小説を書くという配信で生み出された小説です。のちにボイスドラマ化(現在は購入不可)。
声に出して読みたい日本語
【マイクラ】番外編 図書館に寄贈する本を執筆する!【健屋花那/にじさんじ】
健屋さんがMinecraftにて書いたハウツー本。台詞読みを練習するのに最適な本……だと思いきや、急に雲行きが……?
おわりに
今回は、近現代に活躍した日本の作家による文学作品を紹介して参りました。次回は、日本の古典文学や、海外文学についても触れていこうと思います。それでは、皆さんも良い読書ライフを。
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