プラセボ探偵 光永理香 5
5 阪神淡路大震災
この年の1月17日は日本人にとっても私にとっても決っして忘れることが出来ない衝撃的な出来事があった。
ここから先は私の従兄弟の「かっちゃん」から聞いた話しだ。
かっちゃんはその当時神戸で働いていて被災した。
朝5時46分淡路島北部を震源にマグネチュード7.3の地震が発生。兵庫県南部に甚大な被害をもたらした。
犠牲者6434名、多くの建物が倒壊しインフラ設備もまったく機能しなくなった。
火災も多く発生したが消火栓が使えない。放水が行えず消防隊はただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
多くの犠牲を出しながら、また家を失いながらも生きのびて避難所での生活をせざるを得ない人々の暮らしも厳しいものであった。
自衛隊の支援は初動の遅れとやらで一向に来ない。
開くかどうかわからないコンビニに出来る行列。
閉鎖空間でじわじわ増える流行り病い。
若い母親の授乳をじろじろ見る中年のおやじ。
夜になると暗く死角の多い避難所。
まったくプライベートの無い避難所にいる住民達はたくさんのストレスと我慢を積み重ねていった。
やがて、何処からともなく支援者と呼ばれる人々がやって来るようになる。
彼らは食糧の無料配布や炊き出しを行い被災者達を励ました。
それは芸能人だったり、宗教団体だったり大手コンビニチェーンの出張サービスだったりした。
私なんかは捻くれた発想で好感度を上げたい奴らのポーズにしか見えなかった。それでも被災した人々は皆有り難く思い感謝の気持ちを抱いていた。
中でも異色だったのは、元々、神戸市内に本拠を置く日本最大の広域指定暴力団のY口組の支援だった。
我が従兄弟のかっちゃんもその構成員としてボランティアに参加したそうだ。
かっちゃんは元々、私と同じ関東の人間だったが幼いころからのやんちゃが過ぎてしまった。次第に任侠の世界に心頭しY口組の門徒を叩き今は真面目なヤクザなっている。かっちゃんは今どき珍しく任侠に熱いヤクザで「ヤクザは街の人々を守るために命を賭けるんだ」と息巻いていた。そんなかっちゃんだから震災の支援も自分一人でも駆けつける勢いだった。
それを組をあげて支援に駆けつけると言うことで気分は益々盛り上がった。
初めは組が備蓄していた食糧を配ったり、石油ストーブを貸し出したりヤクザらしからぬ地道な支援だった。
我がかっちゃんも一生懸命声を出し住民の役に立ちたくて頑張ったらしい。
しかし住民の中には暴力団から物を貰ったら後々怖い事になるのではないかと訝る住民も少なくはなかった。マスコミもこの組の支援をあえて報道することはしなかった。
思ったほど盛り上がらない組の支援を遠巻きに眺める住民を見て歯痒く思ったかっちゃんは自らの支援が終わった後に避難所の夜のパトロールをする事で更に活躍の場を求めた。
その頃避難所では女性の性被害が頻発していて自警団の様なものが見回りをしていた。
我がかっちゃんは自警団に入れて貰えず一人でパトロールするはめになったらしい。
そんな夜、ひとりでパトロールしていたかっちゃんが押し殺した呻き声に気がついた。
「なにやってだ!」大声をだし懐中電灯を向けると女の上に覆い被さった太ったオヤジがいた。口をふさがれていた女は涙を流しながら首を振っていた。
かっちゃんは男を蹴り上げた。うずくまる男。
服の乱れを直す女。男を取り押さえるかっちゃん。
駆け付ける自警団。状況を把握しようとする。
「こいつがこの女の人に乱暴をしやがって」
自警団が首を傾げる。
「女なんて何処に居るんだよ」
そこに居たはずの女は居なくなっていた。
自警団の男たちの視線はかっちゃんを疑っていた。
つづく(毎週日曜日20;00更新)