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セミのトレモロ抜けて

※この記事はとある夏休みの備忘録です。曖昧に読んでくれたら是、幸い。

僕の夏休みは平日火曜日に唐突に訪れた。お盆に休めなかったせいで、中途半端なところで消化しなければならなくなったのだ。いつもより早く起きてゴミを捨てて、編集作業をして、昼ご飯を食べに出かけた。そして、帰って昼寝をしたらあっという間に夕方だった。

スタバでMacをカタカタやってる人の気が知れなくて、でもその気が知りたくて再び外へ出た。近所の店舗はできた当初は物凄い行列だったが、だいぶ客足は落ち着いたようだ。自動ドアを抜けると「~っすねぇ」って喋りそうな大学生が「お食事で何かご注文されるものはございますか?」と丁寧な敬語で僕に話しかけてきて面食らった。「モンブランをお願いします」と僕は目を合わせずに返した。この店員に劣等感を感じたからだ。
ドリンクの注文になり、「アイスティーをショートで」というと、ブラックとパッションどちらにするかを聞かれた。反射でブラックと答えたが、僕にはその違いがわからない。

席に着くや否や僕は文庫本を広げた。南町田グランベリーパークの広い本屋で買った小説だ。買う時、背のメルト糊の入りが悪くて美しくないなと躊躇したけど、在庫が1冊のみだったので我慢した。さて、読み始めるとどうだろう。店内の暖色のライトが文庫用紙の生成りと合っていて読みやすい。なるほど、これはなかなか長居できそうだ。

半分くらい読み進んだところで、子どものはしゃぐ声が聞こえた。顔を上げると、目の前のテーブル席で家族が仲良さそうに談笑している。
子どもという共通事項がいた方が夫婦は長続きすると誰かが言っていた。配偶者への愛情がなくなっても子どもを通せば会話も成り立つかららしい。父親がトイレに行くと言って席を外した。それまで母の膝の上にいた子どもが生ぬるくなった父の席を陣取って指を吸う。僕は指を吸う子どもではなく、親の爪を擦ると安心する子どもだったな、と思い出す。ふと、母親がするりとポケットからケータイを取り出して、不自然に姿勢を斜めに変えた。なんだろうと思って見ていると、インカメで自分の胸元を自撮りしだしたではないか。僕はこれ以上観察することをやめた。見間違いの可能性を残しておきたかったからだ。

はめ殺しの窓の外はだいぶ暗くなっていた。少し体格のいいゴスロリの女の子が足早に店内に入り、テイクアウトで注文してまた出て行った。僕は窓越しにそれを見送りながら、亡霊みたく映り込む自分の姿に気づいた。何もない休日は前髪を真ん中で分ける。ここのところストレスでナントカ神経がダメになって髪が抜けがちだったが、飲み薬が無事抑止してくれて調子が良くなった。通っているクリニックのお姉さんは何故か僕にすごく話しかけてきて、シフトも必ず合わせてくる。5分で終わる問診を30分かけて「最近福岡から上京したこと」「東京はまだ慣れていないこと」を教えてくれた。実はその話は先月も聞いていたけど、僕はそれを指摘しないで同じように相槌を打つ。僕はお姉さんに必要最低限の言葉しか与えない。「私の話、興味ないですね」とあざとく膨れてくる。そう、僕はあなたに興味がない。あなたもそうであるように。

いつの間にか隣の席に人がいた。大学生だろうか、足を組んでスイッチで遊んでいる。その姿勢を見てなんとなくフラミンゴみたいだな、と思った。いつか実況者の友達の子どもを連れて上野動物園に行ったことがあった。そこで見たフラミンゴは息を呑むほどに鮮やかなピンクだった。また、凄まじい数の個体がお互いに干渉することなく立ち尽くしていて、それはそれは異様だった。僕のピンクは未だにあの日から更新されていない。

アイスティーに刺さった紙ストローが水分を含んで元気をなくしていた。大学時代、サークルの女子たちが言っていた。「ストローの先を噛む癖がある男はマザコンらしいよ」「マジ?キモくない?無理~」僕はその時自分のカフェオレに刺さったストローの先が若干潰れていることに気づき、すかさず「え、こんなんする男がいるってこと?」とわざとらしくストローをガチガチ噛んで見せた。「あはは!それはやりすぎ!」コンプレックスなんて星の数ほどあります。あなたに対してもそうであるように。

ヴヴッとスマホが震えて、点った。後輩からのLINEだ。
「昨日抱いた女に次は複数でしませんかとお願いしたら、○○日に5対5でエアビー飲みをすることになりました、人が足りなくて…どうですか?」10人でまぐわう自分を想像しながら「その日は実家に帰っているし、ムカデ人間みたいだからやめとく」と返す。変なタイミングで僕のピンクは容易く更新された。あとエアビーでそんなんするな。

小説はあいみょんの解説で終わった。作品に影響を受けてかnoteを書きたくなった。アイスティーはあとひと口分残っていたが、そのままトレイごと片付けた。
「飲み物や食べ物をほんの少しだけ残す旦那が許せない」というツイートを見かけたことがある。リプ欄はきっと同じことをされたであろう奥様方の同意の嵐だったので、今日も僕は結婚できないなと悟った。「あとひと口がなんでできねえんだよ!失礼だろ!」わかるよ、仰る通り。でもね、僕はそんなことも満足にできないんです。

店を出ると、少し風が出ていて涼しくなっていた。木々に囲まれた歩道を歩く。サンダルがアスファルトと擦れる音が楽しくて何度も鳴らす。今もしここに石ころがあったら蹴って遊んでいるだろうし、白線だけを踏んで横断歩道を渡るだろう。

不意に、左右からセミの鳴き声が聞こえた。それは短い間隔で交互に反復する。その沈黙の刹那にサンダルの擦れる音。いいじゃん。なんかいい日だったじゃん。いや、根拠は何も無いけど。僕は少し笑って空を見上げる。

さて、銭湯でも行こうかな。

2023年9月12日夜 自室にて、これから本当に銭湯行って来ます、夏。


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