やさしさシンポジウム
会話っていうのは難しい。
相手に何も刺さらない時がある。
かと思えば信じられないくらいずたずたに貫かれることもある。
平気で兵器になりうる。
辟易する。
誰かと喋るのは嫌いじゃないけど
誰かと喋るのはエネルギーが要る。
例えば飲み会の時。
僕は必要以上に喋ることがある。
それは間を埋めたいんじゃない、魔が差しているのだ。
何かに憑りつかれたように喋ってしまう。
そういう時は大抵、家に帰りついた途端
電池切れで後悔することが多い。
もう金輪際誰にも会いたくないとさえ思う。
それは僕が乱暴に喋っているからなのだろう。
その場の主役になろうとしたり、面白い自分を見せようと躍起になったり、打算的な考えを持つと自己嫌悪に陥りやすい。
上手く伝わらないと思うけど、
優しくしない優しさみたいな捻じれた考えが僕を苦しめていた。
だから、失敗した日はいつも彼のことを思う。
タイツ先輩。
ちょっとタイツを破るのに興奮するだけの好青年。
彼は僕が出会ってきた人間の中でいちばんやさしい。
かつて2人ぼっちで1泊2日の旅行をしたことがある。
長野県。レンタカーで東京からドライブをした。
正直おしゃべりな奴じゃないし、自分の話をほとんどしない男だ。
長旅で会話が持つかな、と不安だった。思えば2人で遊びに行ったことなんてないし。
この旅の目的は珍スポット巡り。長野県に点在する怪しいお店や美術館を巡るというニッチな旅だった。僕のライフワークであり、僕のオアシス。
タイツ先輩はイエスマンだったから誘いやすかった。
こいつなら「行きたくない」「やめとこう」「もう帰ろう」なんて言わない確信があった。
案の定二つ返事で「いいね、行こう」と彼は言ってとんとん拍子で実現したこの旅は、僕の人生の中でベストスリーに入る思い出となった。
彼は、楽しいことを「楽しい」と言わない。
面白いことを「面白い」と言わない。
だからとても好きだ。
「楽しい」も「面白い」もとても簡単でおおざっぱな言葉で、正直真偽が危うい。「お前どこ住んでんの?」「地球」って言われた気持ちになる。
でも彼は、一つ一つの物事に対して「あの館長さんはさ~、すげえ熱く語ってくれてまじめなのに展示品が雑だったよね」とか「ちょっとこれおみやげに買ってくる!」とか本気で楽しんでる様子を示してくれる。
言わなくても、聞かなくても、楽しんで面白がっている。
優しい。そして誰に対しても易しい。
無理に人に合わせているわけでもなく、ただ純粋にそこにいる。
付き合わせちゃったかな?なんて心配は一瞬で消し飛んだ。
そんな彼がある日突然、仲間内からフェードアウトしようとしていた。
輪に混ざることもなくなり、そっけなくなった。
事情を聞くと、彼は伏し目がちに、共通の友人A君の元カノと付き合うことになったので、罪悪感でここにはいられないと言った。
当のA君は「そうなんだ~おめでとう~」みたいに気にしていない様子だったけど、気持ちの問題もあるんだろう。彼はもう僕らに会わないつもりだった。
僕は、数年に一度しか出さない本気を出すことにした。
吉祥寺の汚い中華料理屋に2人を集め、とことん話し合った。
既に別れているのだから罪悪感を感じる必要はない、相手も気にしていないし、なんなら今A君は3股をかけている。大丈夫だ、と。
そこそこ長い話し合いの末、タイツ先輩も考えを改めて僕らといることを選んでくれた。
(ちなみにA君は執着心が0なので、仮にここでお別れでも何とも思わない)僕らの横をゴキブリが通った。
4年後。
タイツ先輩の結婚式場に僕はいた。当時から付き合っていた彼女と結ばれたのだ。
僕は受付係で、てんやわんやだった。
やっとご祝儀の受け取りが終わると、すぐに式が始まった。
不器用に、ぎこちなく歩くタイツ先輩と、
アイドルみたいに眩しい笑顔を振りまく彼女が歩いてきた。
そして、恥ずかしそうにキスをした2人に僕らは一斉にシャボン玉を吹いた。
披露宴に移って、僕は自由時間にケーキを貪っていた。
一仕事終えた後の糖分は麻薬だ。
もう一つ貰おうと手を伸ばすと会場アナウンスが入り、僕の名前が呼ばれた。
<ゲリラインタビュー>と題されたそれは、新郎新婦の仲の良いご友人にエピソードを語ってもらうというものだった。
たくさんの人間の中から僕が選ばれた。
色々な界隈の友達も沢山参加している中、僕の名前が呼ばれた。
ああ、よかった。あの時、繋ぎとめておいて。
ちゃんと伝わっていたんだ。ちゃんと僕は彼の友人だったんだ。
嬉しくなって壇上に上がるとインタビュアーがマイクを向けてくる。
「新郎・新婦にまつわる面白エピソードをどうぞ」
「実はこの新婦、俺らの友人の元カノなんですよ~」
…危ねえ!!言いかけた。喉まできてた。それにしてもなんちゅう質問だ。罠か?
まあ、トークは60点くらいの出来だったけど
本当に本当に思い出深い結婚式だった。
それから毎年、僕とタイツ先輩とA君は国内旅行をしている。
今年は四国を巡った。ずっと続けばいいくらい楽しい時間だった。
空港で解散して、タイツ先輩と久しぶりに2人になった。
「ちょっと飲もうよ」と僕は言った。
思えば、誰かに飲みを持ちかけるのはこれが初めてのことだった。
近くの個室居酒屋に僕たちは入り、食べたいものを好きなだけ頼んだ。
タイツ先輩が頼んだチョレギサラダが到着した時、僕は自信をもって「こいつはこの後、俺の分も小皿によそってくれる」と思った。
ところが、
タイツ先輩は自分の分を盛った後、こう言った。
「サラダいる?野菜あまり得意じゃなかったよね?いらなかったら俺食べるよ」
お前には適わないよ。
2022年6月7日 自室にて、肩こりに悩まされながら、初夏。
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