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ある日の探究部の定例会

皆さん、お久しぶりです。飯能高校探究部の顧問のMr.Mです。今回は過日行われた探究部の定例会についてお話ししたいと思います。

ある日の放課後、探究部 部長のギンが真剣な面持ちで私のところへやってきました。普段は常に笑顔でみんなを笑わせているギンの様子が違います。

「先生、探究部の一年生と話し合いたいです」との申し出が。

そう言った背景には今の状態の部活で良いのかという真摯な想いがありました。

そして、生徒だけの定例会が行われました。

通常は定例会には顧問もつくのですが、今回は部活動場所に行ったら、「とりあえず生徒だけで話し合いをするので先生は外で待っていてください」とのこと。

内心、ものすご〜く嬉しかったです。私が求めている一つの理想形がそこにはありました。自分たちで必要とあらば協議の場を設ける。それができる集団にいつの間にか成長していたからです。

ずっと前に私の先輩の先生方から、昔の生徒総会について聞かされたことを思い出しました。

それは、生徒総会は生徒会が主体となって(教員の台本や補助なしに)議論をしていたという話です。「教員はその場に来ないでくれ」という場合もあったと聞きました。それぐらい主体的に熱くなれるということに、どこかで私は羨ましさを感じていました。

今でもそのような学校があるのかもしれませんが、私が過去に経験した生徒総会は基本的には筋書き通りの展開で丸く収まることが多かったように思います。

そのあり方が悪いと言っているのではありません。結局のところ学校現場に余裕がなくなりすぎた結果が現状です。

話を探究部に戻します。

生徒たちだけのミーティングが終わった後で、私が呼ばれて話し合いに参加することになりました。

生徒からの至極真っ当な意見がホワイトボードに羅列されていました。

「先生はわざと自由放任主義なのか?」というこちらが「ウ〜ム」となってしまう質問も。

これに関してはYesでありNoであると答えました。

仮にレッセフェールで言うところの「政府が企業や個人の経済活動に干渉せず市場のはたらきに任せること」と同じような定義だとして、

探究部員個人の活動に干渉せず各自のはたらきに任せている=自由放任とするならば、私は干渉はしてきたと思います。

ただ一方で各自のはたらきに任せているところは否めません。

結果として自由放任として捉えられてもおかしくない状況になってしまったという言い訳もあります(本当に部員には申し訳ないのだけれど、余裕がなくなってしまいました・・・なぁんて本当は言いたくないことですが・・・)。

そんなこんなを生徒と話しているうちに2年生が、「ぼくたちが1年生のためにも外部との活動を企画します」と言う発言が(泣)。

嬉しいっす。

と、この定例会は協議だけで2時間を結果として費やしました。1年生はぐったりだよね。

でも2年生の真剣さは伝わったと思います。

毎度のこと迷走している探究部ですが、迷走しながらも生徒はしっかりと成長しています!

読者の皆さま、今後とも飯能高校探究部をよろしくお願いします。

※今回の定例会の場に今は探究部を離れてしまっている元部長のKAZUKIが同席してくれました。それも非常に嬉しかったです!



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