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中島みゆきとウイスキー

辛いときは中島みゆきを聴きながらウイスキーを飲んで、泣け。

私は一時期、母の妹である叔母と一緒に住んでいた。
関東での仕事に疲れて地元に帰ってきた23歳の頃、なんとなく実家に居づらく、叔母の家に居候していた。

叔母は還暦を越えた今も独身で、祖母の介護をしている。
若い頃はバリバリ仕事をしていたし、子供の頃に何度か叔母の職場の餅つき大会に参加させてもらった。

叔母はなんというか、「負けへんで精神」の人で(オーバーザサンリスナーならわかると思う。)子供の頃いじめられたり、養子に出されそうになったりもしたが逞しく生き抜いてきた人だ。
私は子供の頃、よく叔母に預けられ叔母の家に泊まり一緒に過ごすことが多かった。

叔母は母とは違って私のことを叱ったりせず、割と目線を合わせてくれた人だった。
私が関東で都会に負けて廃人になっているときに、わざわざ私の一人暮らしの家に来て2週間ほど面倒を見てくれた。
叔母もたまたまその県に住んでいたことがあったので電車の乗り換え等は慣れていたとはいえ、高齢になってから飛行機に乗り私の部屋に来るのは大変だったと思う。
叔母は私から何を聞き出すわけでもなく、そばにいた。
私は完全に塞ぎ込んでいたので、寒い冬に布団にくるまりながらずっと失恋ショコラティエを観ていた。時々叔母が入れてくれたホットコーヒーを飲んだりしたと思う。
苦しい、苦しい冬だった。

それから春になって私は地元に帰った。
叔母が住んでいた家に居候させてもらい、少しずつ通常の精神状態に戻っていった。
朝起きて、ラジオ体操をし、朝ごはんを食べて朝ドラを観てまた寝る。しばらくして起きて猫を撫でて叔母と一緒に食材の買い物をして、パン屋巡りをしたりした。夜は近くのゲオで借りてきたDVDを観て寝る。たまに昼間に図書館に行ったりもした。
そんな毎日だった。
私はめちゃくちゃ太っていた。仕事のストレスで43キロだった体重が63キロになった。
20キロ太るってなかなか体験できないことだと思う。久々に会った兄に「お前誰だよ。」と言われたのを覚えている。私も思ってた。お前誰って。

夜に叔母は酒を飲む。
普段は酎ハイを一缶くらいなのだが、たまにウイスキーを飲み出す。
そうすると昔の話を始める。
彼女の姉である母のことや、家族のこと、仕事をしていた時のこと。

叔母は若い頃に私がいた関東の県に住んでいたとき、好きなフォークソングのライブによく行ったらしい。
ふきのとうが好きだったそうだ。
でも叔母がとりわけ好きだったのは中島みゆきだ。
中島みゆきのライブには「夜会」というものがある。私も詳しくは知らないのだけれど、それはそれは圧倒されるもので叔母は何度も観に行ったらしい。

叔母は結婚しなかった理由に
「他人と住むことに耐えられなかった。」があると言う。
たしかに叔母はわりかしキチッとした性格だ。
同棲してもストレスに感じたのだろう。

叔母は結婚しないことによって、職場でお局様的な扱いを受けていたことを知っている。主に男性社員から。女性の後輩からはとても慕われていた。叔母は人から頼られ、人を可愛がることのできる人だ。私はそこを尊敬している。

私が小学生の頃、母と一緒にデパートに行ったら叔母とたまたま会ったことがある。
その時、叔母は男性を連れていてアクセサリーコーナーにいた。
少し気恥ずかしそうにしていたが、なんだか幸せそうだと思ったのを覚えている。

叔母はウイスキーを飲むと呂律が回らなくなる。
何度も同じ話をする。
自分が負けへんで精神で戦ってきたことを私に必死に伝えようとする。
私はわかったからとりあえず水を飲んでと言うけど聞かない。
叔母は辛かったのだ。
叔母の時代は特に「女のくせに」や「女なのに」と言われてきたようだ。
叔母はタバコを吸う。
そのことを祖父はよく思っておらず、
「女がタバコを吸うな」と言ったそうだ。
また、結婚してないことに対して
「結婚もせずに半人前だ。」と言ったと。
叔母は熱心に祖父の介護をしていた。
祖父を看取ったのも叔母である。
自分を認めなかった祖父に最後だけでも認めてもらいたかったのかもしれない。

叔母は酔っ払うとよく言うことがあった。
「自分はこんな60歳を超えるまでよく生きたと思う。自殺もせず、事故にも遭わず。それが誇りだ。」と。

素晴らしいことだと思う。
メンタル弱々で、すぐ死にてえーって思う私からしたら立派すぎる。
自殺する人がこんなに溢れているこの国で、自殺をしないで生きている私たちは幸運なのかもしれない。

叔母はどれだけの辛い夜を中島みゆきとウイスキーで乗り越えてきたのだろう。

昔叔母から借りた中島みゆきの3枚組アルバムをiPhoneに入れている。
それを聴きながら洗濯物を干していたら、
これは私のことを歌っているのか!と思う曲だらけだった。
私は「悪女」が好きなのでそればかり聴いていたが、「笑わせるじゃないか」「ひとり上手」もグサッときた。涙が止まらなかった。

そしてたまたま部屋にあったトリスのハイボールをロックで飲んだ。
身体がポカポカしてきた。

最近の私は心が不安定で、夜寝るときは心臓がバクバクして寝れないことが多い。

中島みゆきとウイスキーがこの部屋にあってよかった。
本当によかった。

教えてくれた叔母のことをこれからもずっと尊敬している。

きっと私の眠れない夜はこれからの人生に度々あるだろうから。

今日は眠れる気がする。

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