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僕がお茶にハマった日のこと

その風景があまりにも綺麗だったから、そこで作られたお茶が美味しいということに、ストンと納得してしまった。

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8月の暑い日、僕らは車で静岡県御前崎のお茶農家さんを訪ねた。東名ってほとんど静岡なんじゃないかっていつも思うのだけれども、東名を降りてからも静岡県のシルエットでいうお腹のとこ(海に出っ張ったとこ)までひたすら南下して行くものだから、4時間くらいかかった。

その農園の方はとても親切で、こんな若造にも色々と教えてくれる。一番茶の時期の忙しさのこと、虫が紅茶を美味しくしてくれること、すすり茶という変わったお茶の楽しみ方のこと。中でも面白かったのは、その畑が、土木業を営んでいたお祖父さんとお父さんが重機で山を開墾して作った畑だということ。

有機栽培でお茶を作ろうとする時、難しいのは立地なのだそうだ。

自分の畑で農薬を使っていなくても、他の畑で使った農薬が風で飛んできてしまい、基準値を超えてしまう。オーガニックのお茶を作るなら、開けた場所に畑を作らなければならない。

その点、自分達で畑を開墾できるその農家さんはものすごく強い。お茶の栽培に適した山の斜面を開墾し、周りの影響を受けない場所に自分たちの畑を作り上げた。

そんな話を聞きながら、5人乗りの軽がギリギリ通れるくらいの荒い山道を通って、有機栽培の畑に連れて行ってもらった。

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車を降りて、畑に立った瞬間、一発でその風景に心を奪われた。

照りつける陽射し。山肌を吹き抜ける風と葉鳴りの音。青々と茂る茶葉からは爽やかな香りが漂ってくる。畑は生き物の気配で満たされていて、至る所から虫の声が聞こえてくる。畝は綺麗に切り揃えられていて、規則正しく並ぶ茶葉はどこか現実味が薄い。よくできたゲームのフィールドに立っているような感覚。けれどもそんなものとは全く違って、肌に触れる風、聞こえる音、草木の匂い、そして何より目に飛び込んでくる茶葉の圧倒的な緑色。神秘的で静謐なこの空間は、けれどもしっかりと現実のもので、この畑を作り上げた人が目の前にいる。

その風景はどうにも幻想的で、こんなにも美しい畑で作られたお茶が美味しいのは、至極当たり前なことのように思えた。

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この畑がこの風景を手にするまで、30年かかったという。

紅茶を美味しくするには、ウンカという虫が必要なのだそう。ウンカがお茶の葉の栄養を吸うことで、茶葉の自衛作用がはたらいて、香りと風味が増すからだ。

ただし、そのウンカも数が多過ぎればお茶をダメにしてしまう。

この畑にはウンカの天敵の虫もいるし、その虫の天敵もまた然り。農薬を使わないため、獣が畑を荒らしに来ることもあるという。

自然が当たり前に持っていたその環境。茶畑を中心に、生態系の調和が完成するまで、30年もの時間がかかったのだという。

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自然を相手にする農家という職業の、難しさと逞しさと尊さ。この畑からは、それを感じる。

これまで100種類以上のお茶を飲んできたけれども、どんなお茶を飲むよりも、この体験から得たものの方が大きかったように思う。それくらい鮮烈だった。

これまで僕が触れてきた「テーブル上のお茶の世界」と、この日初めて目にした「作り手側のお茶の世界」。

僕が今足を突っ込もうとしているお茶の世界は、僕が思っていたよりもずっと大きくて、奥深くて、美しくて、そして何より面白い。

去年までの僕の人生設計ではお茶に関わる予定なんて微塵も無かったのに、あの風景、あいつのせいで、今僕は本気でお茶にハマっている。

FAR EAST TEA COMPANY

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