映画『窮鼠はチーズの夢を見る』評
私はシスジェンダーでヘテロセクシャル、
女性としての生きにくさは
感じてきましたが、
性指向についての葛藤を
人生で経験したことがありません。
少女マンガを読めば、
真壁くんにキュンとしたし、
思春期にはクラスメイトの男性を
好きになって、
自分がヘテロセクシャルだと意識する
ことすら不要でした。
性指向を基にした差別については、
今のように、
教育を受ける機会もなく、
全く無自覚に生きてきてしまい、
何しろ、
とんねるずの保毛尾田保毛男で
笑ってきた世代です。
知識がないために、
知らぬ間に、
差別や偏見に加担してきた可能性は
否めません。
だけど
2022年のいま、
私が育った時代に比べたら、
世の中はずいぶんマシになってきています。
ホモフォビアは依然としてありますが、
テレビが情報源だった時代に比べ、
LGBTQについて
情報を得る媒体が格段に増えました。
テレビを見て育った
私くらいの年代の人は、
その雑な感性や知識不足を
こまめにアップデートしていかないと、
多様性の時代においてきぼりを
くらいそうです。
前置きが長くなりましたが、
映画『窮鼠はチーズの夢を見る』についてです。
この映画はぜひ
私のような、とんねるず生まれ、
トレンディドラマ育ち、
異性愛を当たり前と思って疑わずに
大人になった日たちに、
見てほしいですね。
原作は未読、
大倉忠義さんについてもあまり知らず、
まったく先入観なしで観ました。
映画の賛否が分かれるのは、
原作がある映画の常でしょうが、
わたしは、すごく良い映画だと思いましたね。
2020年だから撮れた映画、
よくぞ撮ってくれた、という感じ。
逆にいえば、
もっと時代が進んで見返したら、
2020年の限界も見えてくるかもしれません。
たとえば、
ハリウッドがそうなっているように、
今後、
今ケ瀬の役は、ゲイの役者さんが
演じるようになる、とかね。
大倉忠義さん演じる
大伴先輩はヘテロセクシャル、
成田凌さん演じる
今ケ瀬はホモセクシャル。
性指向が異なる二人の恋愛には
葛藤が生まれます。
というか、
性指向云々の前に、
人間的に問題ありすぎの二人
大伴先輩は、
優しくてイケメンだから
女が放っておかないけれど、
あまりにもコミュニケーションが
表層的だし、
感情を表にださないから
何考えてるか分からない男。
そもそも感情ある?ってくらいのレベル。
穏やかといえば聞こえはいいけど、
全く主体性のない、喜怒哀楽の少ない男です。
一方で、
今ケ瀬は、
大伴先輩を好きすぎるあまり、
彼の携帯を見るは、
尾行はするは、
大伴の元カノと修羅場をやるはで、
これ、
大伴先輩が鈍感だからいいけど、
他の人にやったら通報案件。
だけど、くしくも
今ケ瀬が大伴に言うように、
相手が完璧だから好きになるんじゃないのよねー。
どちらかというと、あばたもえくぼが恋愛なわけで。
大伴のクズ男っぷりにも
ドン引きどころか、惚れ込んで、
『邪魔しないから、側においてほしい』とか
思わず演歌的なセリフで懇願してしまう、
今ケ瀬の気持ちも
分からないではない。
今ケ瀬のヤキモチにも、
男女関係なく、
分かる〜〜と共感する人は多そうです。
観ているうちに、
男性同士の恋愛だとかいうことを
意識せずに、
普遍的な恋愛映画として楽しめている自分に
気づきます。
余計な会話がなく、
主演二人の演技で表現される内面描写。
静かで、スタイリッシュな画面といい、
文芸作品を映画化したような世界観が、
すごく好きでした。
R15指定の原因になってる
性描写のシーンについて。
性描写はなくても成立するとは
思いましたが、
男性同士の性愛を、
ここまでやっていいの?と
心配になるくらい、
体を張って演じた
大倉さんと成田さんの
熱意とか、勇気とか本気度に、
観客も打たれると思うので、
わたしはあって良かったと感じました。
女優さんが濡れ場をやると、
『体当たりの演技』
『一皮剥けた』とか好意的に評価するのに、
男性の裸には、
『気持ち悪い』
『腐女子向けの商業主義』とかいって批判する
ホモフォビアな世の中で、
こういう役を引き受けて演じるということ、
(しかも大倉さんはジャニーズだし)
もうその勇気だけで素晴らしいし、
時代を動かしてると思います。
そして、性愛についても、
個人的な気づきをくれた映画でした。
二人の性愛シーンは、
美しいなとは思ったけど、
性的な興奮は覚えず、
やはり大伴と女性のベッドシーンに
ドキドキする私。
そして、男性の裸を
性的な視線で観ることに
(良くも悪くも)慣れてないために、
どんな見方をしていいかとまどいます。
冒頭で、自転車に乗ってる
大伴のお尻を
今ケ瀬の視点からなのか、
性的な視線で見るようなカットがあるけど、
『そういう目で男のお尻を見たことないな』
と戸惑います。
きっと役に合わせて
努力して作り込んでいるだろう、
二人の裸を
『美しい』以外に形容する語彙をもたない私。
自分の性愛がいかに、
ヘテロセクシャルな男性が作った世界の中で
狭く固定されていたかを確認しました。
もう一つ意外なことにも気づきました。
私自身、過去に煮込み料理する女だったり、
奥さんがいてもいいとか抜かす
都合のよい女だったりしたこともあり、
二度と男の帰りを待つ女にはなるまいと
誓ったわけですが。
今ケ瀬が大伴の帰りを待って、
一人で足を折って、
椅子に座ってる姿たるや。
惚れてしまう!
私が大伴でも、婚約者振って今ケ瀬えらぶ!
愛する誰かを思って待つ姿って
こんなに健気で可愛いのか!!
今ケ瀬が
プレゼントのワインを抱いて泣くシーンも、
大伴だから気がつかないけど、
普通なら思わず抱きしめて
一生離さないよ!!
ってなるはずの可愛さ。
映画を通して、
今ケ瀬が大伴に向ける、
惚れた弱みからくる健気さが、
次第に大伴の感情の無さを変えていくのが
分かります。
でも、
私なら、こんなに素直に愛を表現して、
愛する男を変えることができるかな?
きっとどこかで、大伴を責めて
諦めてしまうだろうな。
脇役の元カノ、元嫁みたいになってしまいそう。
今ケ瀬の一途さに、
恋愛で傲慢に振る舞いがちな
自分に気づかされたシーンでした。
とにかく、
男性同士の性愛という色物扱いせず、
普遍的な恋愛映画として一見の価値ありです。
映画『窮鼠はチーズの夢を見る』
行定勲監督・大倉忠義、成田凌出演
http://www.phantom-film.com/kyuso/ #窮鼠はチーズの夢を見る
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