ショートショート その男
その男は、気がつくと小さな箱の中に入っていた。窮屈で真っ暗、人が一人ようやく入れるくらいの大きさの箱だった。身動きが取れないが空気穴が設てあったのでかろうじて呼吸はできた。食べるものも飲むものもなく、この先どうなるのかという不安が彼の頭の中をよぎった。
箱の外では誰かと誰かが会話をしているらしい。かなり緊張している。会話の内容を聞き取ろうとするが、箱の厚みが思ったよりも厚いため彼らの話す内容の一部始終は聞き取れなかった。辛うじて「大金」「フライト」などいくつかの単語を拾うことに成功した。彼らはどうやら英語それも米国訛りのようだ。二人は親しげに話しているようでどうやら仲は良さそうだ。
そうしているうちに、何日も眠っていない環境にいたことから猛烈な睡魔が彼を襲い、いつしか彼は意識を失うように深い眠りについた。
何時間寝ただろう?体を思うように動かせない状態でも久々に熟睡できたことに男は「人間とはどういう環境でも眠れるものだ」と妙に納得した。
また、あの二人だ。声の主は男が眠りにつく前に会話していたあの二人の男に違いなかった。男たちは興奮冷めやらぬ様子でその男が閉じ込められた箱を運び始めた。この男たちは自分をどこかに運ぶことで依頼主から報酬を受けて大金でも手に入れるのだろう。何やらある意味楽しそうに箱を運んでいる様子だった。とんでもない奴らだ。人を閉じ込め、運ぶだけで大金を手に入れるという犯罪行為を犯すとは。
箱の中からでも外の空気や気配を感じることができる。目覚めてから男は胸いっぱいに空気を吸ってみた。それはガソリンの臭いと何やら乾いた、それも海の香りに混じった空気だった。「自分は今車でどこかに運ばれているんだな」と気付くのに時間は掛からなかった。二人の男たちは男が入った箱をドスンと車の荷室に放り込み、やおらエンジンをかけて車を発信させた。
男はこの先起きるであろうことを考えると同時にこれまで自分が行ってきた数々の仕事や悪行を悔いた。あの悪業がこういう結果を招いたのかもしれない。ある意味この状況は、起きるべくして起きたのかもしれないと自分自身の運命を噛み締めるように辿った。
どれくらいの時間走っただろう?感覚的には1時間くらいか?
二人の男たちは再び箱を運び、ドスンと床に放り投げた。床にはカーペットが敷いてあるらしい。ドスンという鈍い音で彼はそう察知した。
ここはどこなのか?これから何が起きるのか?
箱は突然開けられた。男は真っ暗な箱から突然明るい場所に出たので一瞬周りが見えなかった。明るすぎる太陽光に目を少しずつ開けてみた。
そこに立っていたのは。。。。
男の妻であった。男はこの計画に自身の妻が絡んでいたことに気づく。
男は、自分が生まれ故郷に運びこまれたことにようやく気づく。そうか、あの海の香りと乾いた空気はやはり自分の生まれ故郷だったからなんだと納得する。
そして男は呟く。
「計画は成功だ」
男の名は、カルロス・ゴーン。
ことに気づいた。自分の運命を変えようとするこの小さな箱。記憶は全くなかった。なぜ自分がこの場所にいるのか?なぜこんな格好をしているのか?
程なく彼は気づいた。彼の傍に革製の旅行鞄が転がっていることに。鞄の中には。。。
多額の現金がぎっしりと詰められていた。なぜ自分がこんな大金を?彼は朦朧とした頭で記憶を辿ることを開始した。
1 外国人との出会い
確か昨日の晩は船の上で外国人とワインを飲みながら夕食を食べていたな。
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