【童話】戦争とクマ
僕は平和な国で作られたクマだ。からだはフワフワの茶色い毛糸、目は青いボタン、口は赤いフェルトのぬいぐるみだ。
僕を作った人たちは、戦争に巻き込まれた遠い国の子供たちを少しでも笑顔にしたくて、ぬいぐるみをプレゼントしていた。
僕を作った人たちは、会ったことのない子供たちの喜ぶ顔を想像しながら、僕のからだに綿を詰めた。顔を知らない子供たちの幸せを願いながら、僕に目をつけた。戦争が一日でもはやく終わることを祈りながら、僕に口をつけた。
僕は、僕を作った人たちの愛で出来ている。
モランにはお父さんとお母さんがいなかった。戦争で死んでしまった。
だからモランは、同じように両親を亡くしてしまった子供たちと、大きな施設で暮らしていた。
僕は沢山のクマやウサギやネコのぬいぐるみ仲間と一緒に、大きなダンボール箱に詰められて、その施設に運ばれた。
ダンボールの箱が開けられて、モランと僕の眼が合って、そして、
「きゃあ、可愛い」
モランは目を見開き、僕の腕をつかんだのだ。
「なんて可愛いの」
モランは僕を抱きしめ、ほっぺたを僕にくっつけて、身体を左右に振った。
僕は、このときのモランの笑顔が忘れられない。モランは五歳だった。
モランは、おしゃべりな女の子だった。僕のことは、クマさんと呼んでくれた。
「クマさん、私ね、にんじんが嫌いなの。私の代わりに食べてくれない」
「クマさん、お腹空いてる? このパン半分あげようか?」
「クマさん、私ね、大きくなったらバレリーナになりたいの」
僕は、僕に話しかけるモランの声が大好きだった。僕にくっつけるほっぺたの柔らかさや温かさが大好きだった。
戦争は、大きな音がする。ライフル銃の音、大人の怒鳴り声、建物が壊れる音。
施設は安全な場所にあったけれど、モランは大きな音が嫌いだった。大きな音に怯えていた。
物が落ちるドンという音、何かを叩いたときに出るバンという音、そんな音を耳にすると、身体をビクッとさせて僕を抱きしめた。
「クマさん、怖い」
戦争で聞いた音をモランは思い出したくなかった。戦争を思い出したくなかった。
「モラン、大丈夫だよ」
僕は、そう言ってあげたかった。
でも、僕には声がない。話すことはできない。
「ママ、パパ」
夜、ベッドの中で、モランは泣いた。
モランが泣くと、同じ部屋で寝ている他の子供たちも泣いた。沢山のベッドの中から、悲しい声が聞こえた。
僕も他のぬいぐるみたちも、子供たちの涙を吸収しようと、一生懸命がんばった。
モランの涙の味は、からい。僕は、僕のからだ全体で、モランの涙を吸い取ろうと努力した。
月のきれいな夜、子供たちのすすり泣く声が、戦争のある国の施設で聞こえる。
子供たちに抱きしめられて、ぬいぐるみたちは涙にまみれる。
モランが七歳になる頃、戦争が終わった。
そして、モランには、新しいお父さんとお母さんができた。僕もモランと一緒に、その新しい家に引越した。
子供が欲しかったお父さんとお母さんは、モランを可愛いがり愛情を注いだ。
「バレリーナになれるわよ」
新しいお母さんは、モランをバレエの教室に連れて行った。
「海を見たことないの?」
新しいお父さんは、モランを海や山に連れて行った。
モランは小学校に通い、友達もできた。
「クマさん、銃の音がしないって良いね」
「クマさん、誰も死なないって良いね」
モランが僕に顔をうずめて泣くことは、だんだんとなくなってきた。
僕はベッドの横の棚の上に置かれて、モランに抱きしめられることも少なくなった。
でも、僕はうれしい。
僕の役割は、子供を笑顔にすることだったから。モランに笑ってもらうことだったから。
「クマさん、行ってきます」
毎朝、学校に行く前に、モランは僕に挨拶をしてくれる。
平和だ。
僕は、それだけで良い。