義母との思い出。
義母について書いておこうと思う。
わたしと旦那は中学生の同級生。中学生の頃は仲のいい友達でそこから付き合うようになった。義母のことをお母さんと呼ぶよりも、「おばちゃん」と呼んでいる期間のほうが長い。
だからかれこれ、義母とは20年以上の付き合いになる。義母は結婚が早かったので長男である旦那のことを20歳で産んだ。
それから4歳ずつあけて、次男、三男を出産した。
当時は本当にチャキチャキしたおばちゃんで、子どもたちと話していても面白おかしくラリーができる人だった。
20年間の結婚生活をして、離婚してからは1人でいる。
その離婚する時のいざこざで義母がたくさん泣いていたことも、その裏で子どもだった旦那が悲しんでいたことも見てきた。
いろいろあったけど、今では息子全員が結婚して5人の孫ができた。
現在58歳のまだまだ若いおばあちゃんだ。
その若いおばあちゃんが、ボケてきた。
数年前から何となく気づいていた。
頼んでおいた娘の幼稚園のお迎えを忘れる。
数分前、いや数秒前にしゃべったことを忘れる。
「ジャニさんが死んだな。」「えーっそうなん。」
3分後。「あの人は早く捕まったらいいのにな。」
「ジャニさん死んだもんな」「えーっそうなん」
大阪のおもしろいおばちゃんが本当のボケを出されても、悲しくなるだけで。
義母が「おばちゃん」だったことを思い出す。
いつも義母「おばちゃん」に相談しに行っていた。当時、旦那と別れて違う人と付き合っていてもおばちゃん家にご飯を食べに行ってた。
一緒に銭湯にも通ってたし、買い物に行ってお揃いのバックとかも買ってた。
実の母は熊本にいて、大阪で1人暮らしをしている18〜22歳ぐらいまでは仕事が休みの日はよく「おばちゃん」の家にいった。
友達と飲みにいくよりも、おばちゃんといたかった。
おばちゃんはしゃべってないと病気になるような人で、よく爆裂トークをしていた。いつもみんなで笑ってた。
でもわたしが自分のことを、少しずつだけど言葉を絞りだして話している時は。
目に涙を浮かべながら真剣に聞いてくれた。
わたしはきっとおばちゃんがいなかったら、心の支えがなくて、どうなっていたことかと思う。
本当のお母さんのように、でも本当のお母さんじゃないから言えること。そんなことをよく話していたと思う。
そんなおばちゃんが、義母に変わってしまった時は、少し戸惑った。
姑になり関係も少し変わったように思う。
わたしも娘を3人産んで。
すごく近くに住んでいるにもかかわらず、子育てに必死で。
義母の家に行くのは、子どもを預けるときや誕生日の時ぐらいになっていた。
それでも様子を見に行ってたから異変には気づいた。
旦那にも、次男にもモノ忘れが激しいことも話した。
次男は義母のことを心配から「ボケてるねん!」とボロくそに言う。
でも、義母がほしがっているモノがあれば買ってあげたり、買い物にもついていく優しい息子。三男はさらに優しい。義母がご飯の用意をしていると「手伝おうか?」「ゆっくり休んどきや」と本当に気のきいた言葉を義母にかけてあげる。
長男である旦那は優しい言葉をかけることは苦手で、お金も出そうとしない。
自分でもわかっているはず、息子たちの中で一番手がかかったこと。
義母も若く、旦那に対しての子育てはあらかったのかもしれない。
それでも、離婚してからも必死で3人の息子たちを育てあげた。
腹一杯食べさせて、大声で叱って、人にもたくさん頭を下げた。
旦那が小学生のとき、先生からいじめられたら「何してくれてんねん!謝れ〜!」と職員室に入って行って、男の先生の首を絞めた。
今ではそんな人がいたら大問題になりそうだが、子どもがやられたら本気で立ち向かっていく人だった。
そこらへんの男の人よりも頼もしく、強い母だった。
母のボケを見た時、旦那がショックを受けているのはすぐわかった。
義母の行動や発言がおかしいことも。
以前から何度も言ってきたけど。
わたしの目を見ずに聞いて「マジか〜。。。」というだけ。
そして気持ちの整理がつかず、キレてしまう。
「ボケてるから何しても無理やろ。」
その言葉の裏には、あんなに強い母がボケていき、悲しくて、切なくて、どうしようもない気持ちがおしよせてくるんだろう。
わたしも同じ気持ちで
現実を受け入れるのに時間がかかり、数年前から気づいていたのに。
一日中、母と一緒にいて帰ってきた時は涙が出てしまう。
『病院につれて行こう。』
旦那が言ってくれて、本当に安心した。
今までも旦那とはオープンに義母のことを話してきた。
「病院でみてもらったらいいんちゃうかな?」
「ほっといたらひどくなるんちゃうかな。」
でも、悲しくてこれ以上しゃべったらお互い泣いてしまうラインがわかるから。そこにくると話が終わってしまう。
今回、旦那が弟たちにも話してかかりつけの病院に連れて行くことが決まった。
一気に話が進んで、ホッとした。
そして旦那よりも次男よりも三男よりも、わたしが病院に一緒に行ったほうがいいでしょと正直思う。
それはきっと娘だからだ。血は繋がっていなくても、義母のことを本当の母として思っているから。
「家族というチームで義母を支えていこう」と旦那が言った。
長男一家ができること。次男一家ができること。三男夫婦ができること。
それと『義母との時間』と『自分の時間』を分けて考えていこうと思う。
とりあえず、気持ちの整理をしに走りにいこう。。。
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