『クヮルテット』が問う、本当のしあわせについて

なだいなださんの『クヮルテット』という本があります。ブルー・ボーイ事件を題材にした小説です。クヮルテット、四重奏のことです。4人の視点でひとつの事件が語られます。傍聴人、MTF当事者、検察官、医師の4人。

ブルー・ボーイ事件はトランスジェンダーの方なら一度は聞いたことがあるかと思います。健康体の男性(MTF)から生殖器を切除したことが違法に当たるとされ、以後、日本国内での性転換手術がさも禁止であるかのようになったきっかけの事件です。実際にはこの事件以後も性転換手術自体は可能でした。ただ、法律上戸籍の性別を変更するには少し時間を要します。

“本当のしあわせ” という言葉が出てきます。ただ性別を、見た目を変えて、望む性で生きられることがトランスジェンダーの素朴な希望です。世間に埋没して特別なことは求めず、誰にも迷惑をかけずに後ろ指を指されることなく生きること。ただそれを望む。作中ではそんな些細な希望さえ、否定されるんです。検察官がMTF当事者に向かって言うのです、「あなたのしあわせは本当のしあわせではない。世間が認めない。神が認めない。」

私が初めて読んでから10年以上経ちます。この本はGIDの図書としても知られていません。知ったきっかけは「法とセクシュアリティ」という法学の論文雑誌です。確かにGIDの参考図書にするには治療のことが描かれてるわけではないので不十分かもしれません。ですが、心情描写という点では当事者には痛いほど共感できる本だと思います。

望む性で生きること。想い合う人と共に暮らすこと。好きな人といられることはしあわせだと思います。好きでも結婚できないこともあります。それは性別だけでなく、様々な理由で。結婚するつもりで親にも紹介した人と結婚できませんでした。そんなこともあってふとこの作品のことを思い出しました。

“本当のしあわせ”

すごく素朴なことなのに、それでも叶わないことがある。いつかのしあわせのために眼前の幻のしあわせを掴もうとしていたのかもしれません。しあわせの定義は人それぞれで、干渉されたり評価されるものではありません。今回の学びを教訓に幻でなく、しっかり掴める、自分のものにできるしあわせを手に入れたい。そんな平成の終わりです。

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