見出し画像

さよならブルー

花屋に行こうかな。
そのとき、少しだけ悩んでいた。
今日はもうたくさん歩いたし、家までの最短ルートを選んだら、花屋と逆側に出てしまった。

迂回。
それは、元気で調子が良いときには愉快だけれど
今日の足はぐったりと重たい。どうしようかな。

明日買いに行こうかな、と思う。
そんな自分を想像する。
明日か明後日、花屋に行くわたし。
ついでに、今からすぐに玄関を開けるわたしを想像して、ため息をつく。
けんかをすると、いつもそうだ。
しばらくお互いだんまりを決め込んで、そのあいだわたしは嫌な想像ばかりしてしまう。
そしてそれは、想像ではなくて妄想だと気づいている。
勝手に最悪なシナリオを思い描く。

ああ、帰りたくない。

そうと決まれば、
家の前を通り抜けて、花屋へ向かった。

いつも通り、店内を見回す。
「いらっしゃいませ」と顔を出したおねえさんは、わたしの顔を見てほっとしたように「こんにちは」とほほえんでくれた。
そのことにわたしも安堵する。
このお店の、3人いるおねえさんとはもう、みんな顔見知りだ。

今日は、アネモネを選んだ。
濃い青が、きれいだった。
「春の花」と、おねえさんが以前言っていたのも気になっていた。
「春の花、アネモネが入ってきていますよ」と。
少しずつ、季節は動いている。

「アネモネ、かわいいですよね」
たった一輪しか買わないわたしに、おねえさんはいつも通りほほえみで
「完全に咲く前は、閉じたり開いたりを繰り返しますよ」と教えてくれた。
暗いところでは少し閉じるらしい。
「花って、かしこいんですね」
ずいぶん頭の悪い返答になってしまったけれど、わたしはしみじみと青いアネモネを抱えて帰った。

画像1

あの日のことを、覚えている。

少し経って、アネモネは咲いた。

これで「見たことのあるアネモネの姿。完全に咲いている状態」になったと思ったんだけど
このあとも数日、はなびらが少し閉じて、また咲くのを繰り返していた。

画像2

そして今日、少し折れて乾いたアネモネのはなびらを、わたしは撫でている。
もうすぐ、お別れのときがくる。

もう少しだけ
願うように、残りの茎をがつんと切った。

「花が弱っていたら、茎を思いっきり切りなさい」と言ってくれたのは
わたしのけんか相手であり、花屋でアルバイトをしていたそのひとだった。
何日か前、わたしたちは仲直りをした。
落ち着いて、「ごめん」と言えた。

あんなに濃い青だったアネモネは、すっかりかろやか紫になっている。
ほんの少し前までは、妖艶な紫だったのに。

最初は、あんなにブルーだったのに。

「ブルーな気持ちを預けよう」
アネモネを抱えて帰った帰り道のことを、覚えている。

わたしのブルーは、アネモネに預かってもらって
その美しさを愛でながら、わたしは呼吸を整えようって、約束したね。
そして咲いたり閉じたりするあなたを見ながら、わたしは何度も笑ったね。

ありがとう。
約束通りだよ。

わたしのブルーを呑み込んで、かろやかに笑うアネモネのはなびらを
もう一度、ぎゅっと撫でた。

画像3




※今日のBGM




スタバに行きます。500円以上のサポートで、ご希望の方には郵便でお手紙のお届けも◎