さよならブルー
花屋に行こうかな。
そのとき、少しだけ悩んでいた。
今日はもうたくさん歩いたし、家までの最短ルートを選んだら、花屋と逆側に出てしまった。
迂回。
それは、元気で調子が良いときには愉快だけれど
今日の足はぐったりと重たい。どうしようかな。
明日買いに行こうかな、と思う。
そんな自分を想像する。
明日か明後日、花屋に行くわたし。
ついでに、今からすぐに玄関を開けるわたしを想像して、ため息をつく。
けんかをすると、いつもそうだ。
しばらくお互いだんまりを決め込んで、そのあいだわたしは嫌な想像ばかりしてしまう。
そしてそれは、想像ではなくて妄想だと気づいている。
勝手に最悪なシナリオを思い描く。
ああ、帰りたくない。
そうと決まれば、
家の前を通り抜けて、花屋へ向かった。
*
いつも通り、店内を見回す。
「いらっしゃいませ」と顔を出したおねえさんは、わたしの顔を見てほっとしたように「こんにちは」とほほえんでくれた。
そのことにわたしも安堵する。
このお店の、3人いるおねえさんとはもう、みんな顔見知りだ。
今日は、アネモネを選んだ。
濃い青が、きれいだった。
「春の花」と、おねえさんが以前言っていたのも気になっていた。
「春の花、アネモネが入ってきていますよ」と。
少しずつ、季節は動いている。
「アネモネ、かわいいですよね」
たった一輪しか買わないわたしに、おねえさんはいつも通りほほえみで
「完全に咲く前は、閉じたり開いたりを繰り返しますよ」と教えてくれた。
暗いところでは少し閉じるらしい。
「花って、かしこいんですね」
ずいぶん頭の悪い返答になってしまったけれど、わたしはしみじみと青いアネモネを抱えて帰った。
あの日のことを、覚えている。
*
少し経って、アネモネは咲いた。
これで「見たことのあるアネモネの姿。完全に咲いている状態」になったと思ったんだけど
このあとも数日、はなびらが少し閉じて、また咲くのを繰り返していた。
※
そして今日、少し折れて乾いたアネモネのはなびらを、わたしは撫でている。
もうすぐ、お別れのときがくる。
もう少しだけ
願うように、残りの茎をがつんと切った。
「花が弱っていたら、茎を思いっきり切りなさい」と言ってくれたのは
わたしのけんか相手であり、花屋でアルバイトをしていたそのひとだった。
何日か前、わたしたちは仲直りをした。
落ち着いて、「ごめん」と言えた。
*
あんなに濃い青だったアネモネは、すっかりかろやか紫になっている。
ほんの少し前までは、妖艶な紫だったのに。
最初は、あんなにブルーだったのに。
「ブルーな気持ちを預けよう」
アネモネを抱えて帰った帰り道のことを、覚えている。
わたしのブルーは、アネモネに預かってもらって
その美しさを愛でながら、わたしは呼吸を整えようって、約束したね。
そして咲いたり閉じたりするあなたを見ながら、わたしは何度も笑ったね。
ありがとう。
約束通りだよ。
わたしのブルーを呑み込んで、かろやかに笑うアネモネのはなびらを
もう一度、ぎゅっと撫でた。
※今日のBGM
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