友達とわたしは、似ていない
「買い物に行きたい」
家を出る前に、友達から連絡が来たので付き添うことにした。
今日は、友達の家に行く予定だった。
わたしは気が向くと、彼女の家に行くし
彼女は、ごくまれに気が向いたりタイミングが合ったりすると、わたしを買い物に誘った。
デパートの中を、ふらふらと歩く。
付き合いが長いうえに、彼女からの”お下がり”を大量にもらっているわたしは
彼女の好きそうなものには検討がつく。
「あれかわいい」と言えば、「好きそうだね」と答えるけど、
そのうち何割かは「そのスカート、わたしが履いたらチューブトップのワンピースになっちゃう」と返事をした。
彼女とわたしは、似ていない。
彼女は背が高いし、わたしは背が低い。
15センチは確実に違う。
もしかしたら、20センチくらい違うかもしれない。
彼女は典型的なイエベで、
わたしは典型的なブルベだった。
彼女の髪は、細くて猫のようで、茶色っぽい。
わたしの髪は、黒くて針金みたいで、子供の頃には「日本人形みたいね」とよく言われた。
彼女は、おしゃれなブランド物のバッグだったし、
わたしは、ポケモンのポシェットだった。
身長や身なりもあいまって、
彼女はおとなっぽく見えるし
わたしは、ずっとずっとクソガキのままだ。
出会った頃から彼女はずっとおとなっぽかったし、
わたしはクソガキのまま、おとなになった。
当然、姉妹には見えないし
一緒に買い物にくるような、友達にも見えないのかもしれない、と思う。
それでも、10年以上友達をやっている。
*
中学生の頃にも、言われたことがあった。
「おまえら、仲いいの?」と。
わたしは黒髪にメガネで、あんまり見た目を気にしていなかった。
成績もそれなりによかったし、生徒会長だった。
仲の良い友達は、典型的な「不良」のようなタイプだった。
スカートは短かったし(わたしたちの世代は、短いのがはやっていた)
髪の毛はいつも茶色かった。
ピアスも開いていたような、そういう子だった。
それでも、わたしは彼女のことが好きだったし
彼女も、わたしを好いていてくれたと思う。
中学時代、わたしの家で1度だけお泊まり会というイベントが発生したけれど
彼女は、泊まりに来てくれていた。
気が合う、というのだろうか。
詳細な言葉はわからないし、感情の繊細な部分は忘れてしまったけれど
間違いなく言えることは、
わたしは、彼女のことを好きだった、ということだ。
*
人相、ってあると思う。
人の顔、
伴うしゃべり方や、立ち振舞に、
人の正確は、乗ってくると思う。
そういうので、なんとなくわかる。
どういう人なのか。
仲良くなれそうな人なのかどうか。
見抜ける。
なんとなく、わかる気がする。
人の”外側”
見えるところ、聞こえるところ、でわかる、その人の中身っていうのも
絶対にあるのだと思う。
でも、仲良くなる人って
べつに、”外側”が似ている人とは限らない。
そもそも、外側が似ている友達っているのだろうか、て思ったけど
やっぱり、あんまりいないような気がする。
種類の数が多すぎて、分別できないし
やっぱり、他人はわたしより、まぶしく見える。
似ているなんて、到底思えない。
それでも、
“どこか似ている”ところを、見つけてしまうときがある。
とっておきの、糸みたいなやつを、持っている人がいる。
“もっと知りたい”とか”もっと話したい”と思って、手繰り寄せてしまいたくなる。
そういう相手に、出会えることがある。
そうして、いろいろ手繰り寄せた結果、
「なんでも話せる」と思えるような相手と、
付き合いが長くなったり、深くなったりする。
最近の言葉だと、”心理的安全性”が高いってことだと思う。
会うたびに、安心する。
わたしたちは、みんな違う。
ときには、「なんで友達なの?」と思われてしまうくらい、違う。
それでも、世界の一部分を共有して
安心して意見を述べて、安堵して
背伸びしない時間を、過ごす。
そういう友達を、これからも大切にしていきたい。
わたしが何も持っていなくても、
友達のことは、大切にできる人で、ありたい。
ずっと、あなたの友達でいたい。と思う。
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