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ものしりなおしゃべり

「お父さんって、ものしりだね」

いろんなことを教えてくれる、お父さん。
わたしの知らないことを、たくさん知っている。
幼いわたしは、そのことが嬉しかった。
嬉しい気持ちのまま、母にそう告げた。
お父さんって、ものしりだね。

「得意なことを話しているだけだよ」

表情を変えずに、母は言った。
そのときのことを、いまでも覚えている。

ああ、なるほど。と思った。
幼いながら、妙に納得した。

そりゃあ、お父さんのほうがものしりに見えるわけだ。
だって、お母さんとのほうが、趣味が合うから。

いまさらお母さんとピアノの話をするよりも、
お父さんとサッカーの話をしたほうが刺激的だ。
ただ、それだけのことだったのだと思う。

気づいたら、両親が”親”になった年をとっくに追い越したわたしは、
大学生の頃の、ひとり暮らしの気持ちが抜けきらないまま、東京の片隅に暮らしている。
故郷には帰りたくないだけで、ここで暮らし続けたいかと言われたら、もうちょっとよくわからない。
どこでもいいから、ここにいるだけかもしれない。
かつて抱えていた「絶対に帰らない」という強さもない。

なんでもいいんじゃないか、と思えるようになった。
幼いときより、ふわふわと暮らしている。

おとなになったか、と問われれば「年齢は重ねた」と答えるのが精一杯で
ただ、自分より幼い命を愛おしく思えるようになった。
君たちにとって良い未来になるように努めたい。

年齢を重ねたわたしは、あのときの父のように語れるものがあるだろうか。

あのときはたぶん、サッカーの話だったと思う。
父は、近所の子供にサッカーを教えていた。
運動神経のいい人で、わたしとは真逆だった。

当時の父の仕事は大工だったので、サッカーは趣味の領域と呼べるのだろうか。
サッカーを教えることで月謝をもらっていたかとか、そういうことはよく知らない。
ただ、訊けばなんでも教えてくれたのでおもしろかった。

訊けばなんでも教えてくれる、ってなんだかすてきだ。
いまでも憧れてしまう。

わたしがいま同居している家族も、けっこうものしりだと思う。
家電とか詳しい。
携帯も詳しい。
猫のことも教えてくれる。
花だって、わたりより詳しい。
必要以上になんでも教えてくれてちょっとうるさいけど、やっぱりいまでも感動してしまう。

最近のわたしは、花が好きだけど、花の種類なんて5つくらいしか知らない。
ただ、花屋に通い始めた半年前は「チューリップ」とか、「バラ」とか、本当にメジャーなやつしか知らなかったので、少しは進歩したと思う。

ピアノは弾けるし、なんとなく楽譜は読める。
コードはよくわからないので、いまでもコード表を手放せない。

紅茶の種類と、コーヒーの味の違いとかはちょっとわかる。
ちょっとだけ。
これはミルクティーに合うとか、一応好みの味のコーヒーというものが存在している程度で、詳しくはない。

あと、好きなものってなんだろう。
本を少し読む。
でも、好きなものしか読まない。

ポケモンのことは、ひとよりちょっと詳しいとは思う。
ただ、わたしより詳しい人はたくさんいる。

でも、「わたしより詳しい人はたくさんいる」って、あんまり意味のない言葉だとは思っている。
何かに於いて、世界でいちばん詳しい状態って、ほとんど有り得ないことだと理解している。
それくらいはおとなになった。

本棚には、コーヒーと紅茶と、色と花の辞典、アロマのテキスト、星座の本が並んでいる。
どれも好きだけど、あれこれ語れるほどではない。
でもやっぱり、好きだと思う。

「得意なことを話しているだけだよ」

あのとき母は言った。
さっきは表情を変えずに、と書いたけれど、記憶の中の母は少し冷たい顔をしていた。

ああ、得意なことを話してるだけか。
それならたいしたことないや。
あのときはそう思ったけど。

やっぱりすごいよ。
話せるだけの得意なことがあるってすごいよ。

もちろんそれについて世界でいちばん詳しくなかったとしても、
誰かを納得させたり、安心させたりするような、自信のある顔でおしゃべりできるって

やっぱりすごいな。
わたしはおとなになっても、できないままだよ。

もしあなたが不安な顔で、
わたしに相談とか質問をしてきたそのときには、
自信のある顔で答えるよ。大丈夫だって言うよ。
わからないことは、きちんと調べるよ。

もしいつか、
わたしが何かを「得意なこと」みたいに話していたとしたら
わたしがそれに気づいていなかったとしたら

「ようやく見つけたね」って
どうか、あなたが教えてください。





※今日のBGM」




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