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キャプテンと落とし穴

「キャプテンに指名される」というイベントを、どのような趣でむかえいれるのが正解なのだろう。

「任せてください。」
と、やる気をみなぎらせるべきか、
「えっ、ぼくですか。」
と、意外性を演出すべきか。
もしくは、
「もっと他に…。」
と、消極性を出した方がいいのだろうか。

いくら考えたところで正解はないのだが、
「キャプテン」を任された彼はびっくりするくらい無表情だった。

「明日からお前がキャプテンだからな!!」

あまりの無表情にふりかかるダメ押しの大声。

彼が了承した返事は、心配になるくらいか細かった。

ずっと友達だと思っていた人から告白されたら、こんな顔になるんだろうなとも思う。

ずっとあやしげな動きを見せていたのにもかかわらず、犯人ではないことが分かった2時間ドラマの終わりのような。

本当に、そんななんとも言えない微かにおどろいた顏。

そんな調子で、彼は「キャプテン」という役割を仰せつかった。


ど田舎の弱小サッカー部。

弱小”あるある”をいくつかあげるとしたら、

部員数がギリ
・ギリ部員の大半がワル
・もちろん練習に来ない
・場所を共有する部活から嫌がられる
・したがって練習場所がない
・というか基本的な道具を持っていない
・とはいえ購入費はない
・だから「すね当て」は段ボールでしのぐ
・顧問がシロウト
・副顧問もシロウト
※5つ以上あてはまったら弱小
※ちまみに我が母校は、9つあてはまる


こんな調子なので、「練習メニュー」や「試合のフォーメーション」、「スタメン」等々、全てを「キャプテン」の一存で決めることができる。

わがサッカー部の練習メニューも、彼のおかげでがらっと変わった。

ただし、実行されたのは初日だけだった。

どれだけ「キャプテン」ががっちりと練習メニューを決めたとしても、それを受け入れるかどうかは、個人に託されているという部分だ。

そう、「民主主義ってやつ。」とワルは言っていた。

当然のことのように、新しいメニューは消費されることなく終わっていった。

そもそも、練習にこないんだから。
#民主主義だから

いつも集まるメンバーは数人。

フットサルもままならない。

「シン・キャプテン」ががっちり決めた練習メニューは、二日目から「サッカーテニス」になった。
#コートの真ん中にベンチを置き 、手を使わずにやるやつ

日々、「サッカーテニス」。

雨の日も、風の日も、雪の日も、酷暑の日も練習に明け暮れた。
#雨の日は休んだかも
#雪の日も休んだかも

こつこつと練習を積み重ねた分、ぼくたちサッカー(テニス)スキルは日々、向上していった。



ときに、人生は気まぐれるからおもしろい。
#気まぐれる

ワルが「練習に参加する!」といってきた。

そもそも、学校に来ていたことが驚きだが。

少々ワルいことをしていたとしても、ここはぼくたちのホーム。

いつも通りサッカー(テニス)を始めた。

しばらくは、大人しくサッカー(テニス)に興じていたワルだったが、ぼくたちの日本代表級レベルにおそれおののいたのか、急に「落とし穴選手権」なるものを提案してきた。

ルールは簡単。

「ばれない落とし穴を作った方が勝ち」

という勧善懲悪のストロングスタイルだ。

余談だが、こんなサッカー部にも専用練習場あった。
#唯一弱小 ”あるある”に入らなかったもの  

もちろん、期待されていたからではない。

ただ、学校に隣接する空き地が使えたのだ。

その空き地が幸か不幸か落とし穴作りに最適だった。

ほどよく固まる地面にうっすら草が繁っている。

スコップを差し込み、お好きなサイズに掘っていくのだが、その時に意識したいのは、「ふたの形状をできるだけ維持する」ことである。

津々浦々で実践されている「落とし穴」は、穴を掘ったあと、穴の端から端へと木々を渡し、何かしらのかぶせものをしてから土を装飾するタイプであろう。
#全日本落とし穴協会調べ

しかし、ぼくたちの練習場のポテンシャルは別格だ。

なんと、草の根の力により、ふたがそのままか「すぽっ」と取れるのだ。

だからこそ、木々の橋渡しをした後、「円形に形状記憶されたふた」をのせれば完成。

もはや、穴を掘った本人すら見分けがつかない「落とし穴」の完成である。

その日から、「サッカー(テニス)部」あらため、「落とし穴部」が発足した。



「落とし穴部」の活動は順調だった。

それぞれが、制限時間いっぱい黙々と取り組むことで、短い部活時間の中で急速にスキルを高めていった。

スキル向上と共に、自然と「よい落とし穴」と「わるい落とし穴」という評価基準が明確になってきた。

最大の栄誉は、「落とし穴部員」を”きれい”に落とすことだ。

伝え方が難しいが、もうちょっとふみこんで書くとしたら、

「完全に油断している状態で落とす」

ということ。

落とされ側視点で書くと、

「『まさか…。』という完全に虚をつかれた状態で落とされた」

ということが、「最高の落とし穴」とされ、製作者には最大のリスペクトがおくられた。

そんな感じで部活が軌道にのってきたときのことだった。

その昔、黄門様が「人生楽ありゃ苦もあるさ」と歌ったように、予想もしなかったことが起きたのだ。



「ちょっと来てくれないか。」

と、サッカー(テニス)部あらため、「落とし穴部」のキャプテンに呼び出された。

こう言っちゃなんだが、ふだんから物静かで自分から声をかけつくるようなタイプではなかった。

不思議に思いながらも、案内されるがまま男子トイレまで向かった。

「これっ…。」

「キャプテン」が指差す先には、

「調子のんな」

という生き生きとした文字が踊っていた。

あまりの豪快さに圧倒され「双雲?」とさえ感じたが、結局は”詠み人知らず”となった。

双雲級の文字は、見るものを捉えて離さない。

さすがの一言だ。

もともと、「学校に行きたい。」と思って通っているタイプではないぼくの心にもしっかりとその思いは届いた。

痛いほど伝わった。

だからぼくは学校へ行かなくなった。



休み始めて3日ほど経った。

少しずつ、双雲の衝撃も和らいでくる。

そして、新たな感情が生まれた。

「落とし穴部」キャプテンに対しての感情だ。

ご丁寧に案内してくださったが、他に方法はなかったのか。
ほら、なんか、だまって消しちゃってなかったかのようにふるまうとか。
名前のところだけ双雲にしちゃうとか。

一足先の夏休みに入ったことに関しては特に文句はない。

ただ、「キャプテン」がどんな気持ちでぼくを案内したのかが気になって、ぐるぐる考えてしまった。

ただ、今考えてみれば、ぼくが学校へ行かなくなったのは、「キャプテン」のせいではない。

だって、
授業は妨害されて自習時間だし
休み時間は先輩に交代で呼び出されて説教だし
放課後は落とし穴づくりだし

ちょうど、なんのために行くのか分からなくなってきたところだった。

休み始めて4日目には、「キャプテン」のことなんてどうでもよくなった。



朝は、きまって”ポンキッキーズ”を見ていた。

今でもよく覚えているシーンがある。

ムックが持っているお菓子の箱の中にガチャピンが手を入れる。

「好きなだけ取っていいですぞ~」

と、目をぎょろぎょろさせながら叫ぶムック。

その言葉に触発され、「よーし!」を息を巻くガチャピン。

「それー---!!」

と、お菓子をたくさんつかんだ手を引っ張り出そうとするのだが、一向に穴から手が出てくる様子はない。

要は簡単で、手をグーの状態だと穴が通らない。

手を引き抜きたかったらパーにしないといけないというムックの策略。

朝から軽いパワハラを見せつけられたが、子どもの頃のぼくは、「なるほど!」と感心した。

そんな状況だ。

そう、ぼくの夏休みはまだ続いていた。

正確に言えば、とっくに夏休みは終わり、もうすぐ冬だ。

ガチャピンと同じように、入れるのは簡単だが、抜けるのは難しい。

ぼくは、夏休みの終わらせ方に戸惑っていた。

もはや完璧にルーティン化された昼夜逆転生活に満足していなかった訳ではないが、確実に「学校…いこっか…な。」という気持ちが芽生えていた。

正直に言うと、「受験」がちらついていたのだ。

個人的には時が止まった感覚でいたが、確実に時は刻まれていたらしい。

ぼくの時が止まっている間に、
修学旅行が終わった
球技大会も終わった
文化祭も終わった

残すは、「受験」と「卒業式」だけ。

「やっぱ、行った方がいいよな。」

と思い立ったが、さすがに教室へ行く勇気は出ない。

保健室もうながされたが、なんとなく気まずい。

そんなとき、ぼくを受け入れてくれたのは、「美術準備室」だった。

担任の先生が、美術担当だった。

今では自分でも驚きだが、学校へ行かなくなってから「絵」を描き始めたのだ。

そんな縁もあり、ぼくは「美術準備室登校」を決めた。



急に「絵」を描き始めた理由も謎だが、描く題材として「魚」を選んだ当時のぼくの思考も理解できない。
#メインは青魚

薄く淡い色をのせていく瞬間が最高に楽しかった。

ぼくでも謎なのだから、久しぶりに登校してきたかと思ったら、次から次と青魚を書いている生徒を目にした先生は相当不思議に感じたであろう。

もともと、口数の少ない先生だった。

もちろん、ぼくも世間話を楽しむタイプではない。

「青魚」を描くには好都合だった。

もくもくと描くぼくを見て、きっと「めっちゃ描くじゃん。」と3回は思ったであろう。
#なんで青魚という疑問は5回

無言の青魚空間に耐え切れなくなったのか、

「ちょっと、職員室へ行ってくるね。」

と、準備室を出ていった。

集中が切れたぼくは、ふと、窓から外を見た。

そこからは、あのサッカー(テニス)グラウンドがよく見えた。

目に留まったのは、「キャプテン」の姿だった。

正確に言えば、「キャプテン」は引き継がれているはず。

万が一にも、大会が続いているなんてことはない。
#競技が落とし穴だったら別

ぼくは、グラウンドへ向かって歩き出した。

「あれっ、なにしてんの?」

意外だった。「キャプテン」から声をかけられるなんて。

しかも、「学校へ来ていない理由」を聞かないことも意外だった。

ただ、「キャプテン」はそういうやつだったことを思い出した。

放課後の美術準備室でひたすら青魚を描いているぼくも変わっているが、だれもいないグラウンドでうろうろしている「キャプテン」も相当な不審者だった。

話を聞くと、どうやら、「落とし穴」を埋めているらしかった。

「部活を引き継いだんだけど、ランニングする子たちが、ぼくたちの作った落とし穴にはまっちゃって危ないって言われてさ。」

おどろいた。

なによりも、ぼくたちの「落とし穴」がまだ存続していることに。
そして、新生サッカー部が、ランニングという練習方法を取り入れていることに。

時間は確実に進んでいる。

ぼくは、ぼくたちが作った「落とし穴」を探し始めた。

「世界一の落とし穴」を探す方法は、全国共通だ。

そう、自分で落ちるしかない。
#全日本落とし穴協会調べ

「落とし穴」にはまっているぼくに対して、

「ありがとう。」

と、キャプテン。

そうだ、彼は断らないタイプだった。

そもそも、「キャプテン」を指名されたときも断らなかったのだから。

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