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TRUE LOVE(#song7-9 絶叫の紳士)

旅程一日目――東尋坊 1

「ビーチボーイズって言ってる時点ですでに訳がわからないよね。ってかさ、〈ズ〉って複数形でしょ」
 僕とダルシムの会話に突っ込む、問題のこの人。
「こう見えて、英語は得意だったのよ」
「へえ……」

「雄島(おしま)」を逆に回ったのがまずかった――。
当初の計画に、そんな名前の島はなかった。今回の旅行まで存在すら知らなかった。あんな話、知らなかったんだよ。勘弁してくれ。

旅程一日目、つまり昨日だが、早朝に起き、都内のアパートを出たにもかかわらず、福井に着いたのは昼過ぎだった。電車のなかで眠れなかったのと、道中が思ったよりも肌寒くて薄着の格好がたたり、目的地に来るだけで疲れてしまった。
が、そこからは素晴らしくスムーズであった。
携帯で知らせたとおりの時刻に、ダルシムが駅に迎えに来てくれていた。愛車スバルカーの脇に立つ彼の手には、缶コーヒーがある。あい変わらずだなと思った。

彼とは久々に会う。積もる話もありそうな気がしたが、「髪型、変えたのか」と訊ね、「寝癖や」と返ってきたので、うん、変化なし、と判断し、さっそく東尋坊へ向かうことにした。ゴールデンウィークの渋滞を考慮すれば、賢明な判断だ。

東尋坊――いわずと知れた福井県屈指の観光名所。混んでいても、90分見ておけば問題ないだろうと、ダルシムは言った。
幅の広い道路を行く。周囲に他の車をほとんど見かけない。フロントガラスから10分ほどのどかな景色を眺めたところで、「福井の街って大体こんな感じなのか?」と、横の男に訊ねてみた。このとき僕は、助手席に座っている。
「福井なめんな、だいたいこんな感じや!」と男は言い、さらにあと10分走っても印象は変わらないので、僕は、「福井はとにかく広い」と結論づけた。

カラっとした青空の下をドライブしていると、ここは広大なアメリカの大地であるような気がしてくる。すべての物の作りが大きい。やたら駐車場が広い。停まってる車なんて一台もないのに、だ。
どの建物も平屋か二階建てで、景色が遠くまで見渡せる。どうやら空間を縦ではなく横に使っているようだ。さらにダルシムの説明を加えると、この辺一帯は平野であるため、いっそう見た目に広く感じるとのこと。彼は理学部出身、発言はときにロジカルだ。

さすがゴールデンウィーク、車が混んできたな、と思ったところ、右手に不審な突起物が見えてきた。白い塔の上に、窓のついたキューブ状の物体が乗っている。
「東尋坊タワーや」ダルシムが言う。
そんなものまであるのか。
東尋坊タワーや、が合図であるかのように、急に車が増えてきた。少し心配したが、それでも流れが止まってしまうことはなく、なんと、目的地に30分で着いてしまった。
駐車場も埋まってはいたが、空きを探すのに、苦労しなかった。さすが福井県。アメリカンだ。このあり余る大地には、ゴールデンウィークの足数すら生ぬるい。

僕が事前に抱いていた名所のイメージ。そこには断崖絶壁があるだけかと思っていた。東尋坊は自殺の名所としても名高い。そういう場には陰気なムードが漂っているのだろうな、とも思っていた。
が、ここは、完全に観光地化されていた。思っていた暗さは微塵もない。
駐車場から絶壁に向かう通路の左右には、土産物屋とお食事処が立ち並んでいて、活気に満ちていた。人ごみで、先の様子が見えないくらいだ。
いい匂いがした。これは、焼きイカの匂い。
天気がよく、日差しも風も心地いい。来てよかったなと素直に思った。このときは――。

人ごみを抜けた先、石段の下に絶景はあった。たくさんの人が岩場にひしめいている。
ここは、地面を歩いてゆけば、その下に崖があるだなんて単純な地形じゃない。全体が、巨大な岩だ。切り立った巨大な岩の塊の上を、僕らは歩くのだ。
赤いパウダーを振りまいたような、金属の錆びのような、特徴のある色の岩。ひとたび岩場に足を踏み入れれば、平坦な場所などどこにもなく、足の裏に、常にゴツゴツとした感触を感じる。
風と波をノミとして、天地が彫刻したこの地形は、あちらに伸び、こちらに伸び、とても複雑である。どこにもつながっていない飛び地もある。どの場所にも共通して言えるのは、落ちれば即死の高さだということ。
その他には、絶壁の下に降りることのできるルートがあるようで、小さな遊覧船に向かって人の列ができていた。

僕は、岩場の中ほどにいる。人の密集度が高い。
女の子の手をとって男がリードする。そんなカップルが何組もいた。女の子に頼りがいを見せるには、この上ないシチュエーションだろう。だが僕に彼女がいたとして、ここには絶対に連れてこない。こんなもん、ひとりで手いっぱいだ。
岩場の上、慎重に足を運ぶ。ときには手をつけることも厭わない。心境としては、気楽さが半分、むなしさが半分、寂しさが半分といったところ。合計すると、おかしい? ええ、途中から寂しくなってきて、気楽さとかどうでもいいかなと思いました。
――当然、この時点で、僕の横に女の子などいなかった。

みな、崖の淵に平気で立つ。それどころか、腰かけたりする。僕に言わせれば、紳士ではないということ。
どうも彼らは、危機意識が足りないように感じる……。
たとえば、足を滑らす、急にめまいがする、自分に非がなくとも他の人に押されてしまう、そんな想像は働かないのだろうか。理解に苦しむ。
これでは、さっとシミュレーションするだけで、1時間のうちに10人は崖下に落ちてしまう計算になるのだが、不思議とそうはならないようだ。人は、明らかに危険な場所だと警戒を強めるため、逆に事故が起こらないのだろうか?

もうひとつ大きな謎がある。犬連れの観光客が、意外といる。なぜだ?
考えていた矢先、衝撃の場面を目撃した! 現場は東尋坊のもっとも端、目撃者は僕だけかもしれない。
おばさんが犬を連れて歩いているのだが、そのリードがやたらと長い。おばさんの後ろを歩く犬が、通りすがりのおじさんの周りをくるっと一周した。おじさんの両足がしばられる。おじさん、よろめく。おばさん、気づかない。
……おじさん、耐えた! 一歩間違えば、完全犯罪だ。僕は東尋坊をますます警戒した。

一方、ダルシムは、そこが舗装された道路であるように岩肌をガツガツ歩く。片手に缶コーヒーを持って、ときどき口に含みながら。
何だ、この緊張感のなさは……。
この男は誰より怖がりなはずなのだが、怖い、怖くないの感覚が、人と微妙にずれている。一時的に催眠術にかかった人のようなもので、境界線を一歩越えると、とたんに騒ぐ。

僕は、ダルシムを尻目に後退し、大勢の観光客から距離をとった。そして景色を俯瞰的に眺める。
……たいへん賑やかな場所だが、ところどころ、「あの」匂いがする。
「二番」と書かれた電話ボックスが、「命を大事に」と、特定の誰かに向け、アドバイスをする。さらには、ひとりで来ていると思わしき男性が、「疲れた」と言いながら、僕の横をすり抜けていった。「下見?」そんな言葉がちらついた。

ダルシムが崖の端からこっちへ来いと手招きをするので、無視して、ひとり安全な草地を歩いていった。
芝生の広場に出る。ひとけはほどんどない。その場所からは、岩場を含めた海全体が、よく見渡せた。「ふーむ……」
近くの自動販売機で缶コーヒーを買い、広場のベンチに腰を下ろす。ここで景色をのんびりと眺めることにした。刺激はないが、優雅である。僕はこういった場を好む。つまりは、紳士だということ。福井はアメリカン、英国紳士の僕には少々肌に合わないところがあるらしい。
崖の手前に、「ここから禁煙」という看板が見えた。さすが紳士憩いの場、ウィットに富んだジョークだ。ハッハッハ、僕は笑う。
近くにはまた電話ボックスがあったが、あまり見ないことにした。

5分もしないうちに携帯電話が鳴る。
不安になったのだろう。ダルシムからで、彼もこの場に加わることになった。適度な距離をとり、二人、ベンチに腰を落ち着ける。
「俺、気づいたんや」と彼は言うが、それは、「今からしょうもないことを言いますよ」の意だ。
「美術館でな、人気のある絵をみようとしたら、前に人がおるし、背伸びして、肩の上から、のぞき込む形になるやん?」まあ、とうなずく。「ここで同じことしたら、みんなどいてくれるんやんか!」
あんた、何やってんの!

その後は、ダルシムと缶コーヒーを飲んで、人生会議をして、岩場の様子をもう一度見に行って、ダルシムの、「あの子、なっちゃんにめっちゃ似とるわ」から、うっとおしい流れになったりもした。
すぐに見失ったが、やや薄味の顔の、綺麗な子だった。あれから6年――22歳なら、たしかにああいう感じかもな。

いくら景色がいいといっても、そう何時間もいられるわけじゃない。そろそろ行こうかということになった。福井市内のダルシム宅まで一時間もかからない。途中、「あっ、東尋坊タワー忘れた」と思った。

風呂トイレ別。押入れあり。占有面積が広く、二人でいても窮屈に感じない。1Kのアパートのなか、だらだらと過ごす僕ら。長旅で疲れてはいたが、何もせず2時間も休んでいれば、充分回復する。夕方、僕らは暇だった。
ここから雲行きがあやしくなる!
ダルシムが、福井に裏スポットがあると持ちかけたのだ。それが雄島! 
東尋坊から近いとのこと。なんで東尋坊のあと、そこに行かなかったのかと訊くと、夜に行くのが通なのだそうだ。ちょっとした心霊スポットでもあるらしい。苦手だ。
ダルシムが言う。「じゃあ、ビリヤード行くか? 近く3三時間で990円のとこ、あるんや」

旅程一日目――東尋坊 2

再び、スバルカー。
「雄島の手前にトンネルがあってな、なかに地蔵があるんや。けっこう怖いから、ちゃんと見てや」
僕は、答えない。
いつの間にそういう企画になったのだ。
さっきのは、誘導尋問だったのかな……。

わざわざ福井にまで来て、ビリヤードはないだろう。ノーと言わざるを得なかった。
ビリヤードなど、学生時代にやり飽きた。遊び系私立の大学生が、女の子とのデートに費やす総時間が、すべてそちらに回されたと言っても過言ではない。
ノーモアだ! ノーモア・ビリヤードである。だからといって、雄島がイエスということにはならないのだが、旅では、何か変わったことをしなければならないという強迫観念がある。
周囲はすでに暗い。

――ここからは、僕に積年の恨みをはらすべく、用意周到に仕組まれた計画的犯行ではないかと思うほど怖かった。
ハンドルを操りながらダルシムが、東尋坊の年間自殺者数について語り出す。「それを今、言うな!」
そして、まずは東尋坊を訪れた。なぜまた来るんだ、と抗議したが、鮮やかに切り返えされる。「雰囲気がぜんぜん違うで。それに、近いからせっかくやん」
そう言われると、言い返せない。彼は、ときにロジカルで困る。

その東尋坊は――違っていた。
雰囲気うんぬんではない。女の人は昼と夜の二つの顔を持つ、なんて言うときのレベルではない。完全に別人だよ、これ……。
車を降り、東尋坊の入り口というべき場所に立つ。
電灯から洩れるわずかな明かりが、道の左右にある、土産物屋のシャッターを照らし、その先には、完全なる闇がある。吹き抜ける風の音しか聞こえない。昼間あれだけ大勢いた人たちは、実はこの世の住人ではなく、夜になり、皆、鬼火に変わってしまったのではと思えるくらいの妖気が、辺りには漂っていた。

足がすくむ。見えない圧力があって、前に進めない。もしこの圧力を無理にくぐったならば、今度は闇の向こうへと一気に吸い込まれてしまいそうだ。アメリカンな要素など、もはやどこにもない。ただの霊場である。生暖かい一陣の風が、そっと頬をなでた。
「全然、違うやろ」ダルシムは言い、ずんずん進んでゆく。こいつ、何度か来て慣れてやがるな。
この先へ行くなら、せめて昼間に発見した紳士プレイスにしてくれと頼んだ。
「暗いときに足場が悪いところは危険だろ」こちらも理論で対抗する。
そしてたどり着いた紳士プレイス。脇の電話ボックスが、異様な輝きを放っていた。「一番」と書かれてある。
「無料で相談に乗ってもらえるんやんか」
ある行為を思いとどまらせるためのツールであると説明を受ける。なんでいまになってから言うんだ。
「実は、そこに見える細道がな――」ダルシムが、聞きたくない数々のことを語った。
「――だから、昼間、プラスポが、よくこんな怖い場所におるなと思ったわ」
これはやばい! 恐怖のキャパをオーバーしつつある。何でもいい、明るい話題を探さねば。そうだ、紳士ジョークだ。
「ダルシム、ほら、そこの看板だけどさ、『ここから禁煙』だって。ハッハッハ、向こうは崖なのに……」って、この言葉すげーこええ! そこから先に別の世界があるみたいじゃん。

たまらず立ち上がり、来た道をずんずん戻る。ダルシムもぴたりとついてくる。この人はひとりだと怖いらしい。
「どうしたんや?」ダルシムが訊く。
「いや、どうもしないけど」振り返らず、僕は答える。「次、行くとこあるんでしょ?」
怖いから帰ろうの、ひとことが言えず、本命のスポットに向かう。体裁を重んじてこそ紳士。ときに窮地に立つ。
移動中、車のなかでダルシムが語る。東尋坊から身投げした人々が、潮の流れによりその島に流れ着くんだとか。だからそういうことを直前に言うな!

――雄島は怖かった。ほとんど記憶がないくらいに。
そこでの明かりは、懐中電灯ひとつであったため、視覚的な情報はわずかだ。脳には恐怖という感覚しか刻まれていない。それでも強烈な映像がひとつ残っている。島の内部ではなく、車を停めた場所から見た光景だ。

暗い海に浮かんだ、大きな黒い塊に向かって、まっすぐに橋が伸びる。その距離、約二百メートル。橋の欄干のペンキに、特殊な蛍光物質が含まれているのか、橋全体が、ぼんやり赤く光って見えた。闇のなか、それはまるで、あの世へと続く架け橋のようだった。

なぜ渡ってしまったのだろう……。
その場にあふれる霊気の量は、あの東尋坊すら上回り、今度こそ足が動かなかった。それなのになぜだろう。
ダルシムが、「吊り橋効果」を語り、こういうのができれば彼女ができる、と語ったことを覚えている。聞いたことはあった。女の子と危険な状況を共有したとき、相手は、緊張によるドキドキ感を、恋愛のドキドキ感と取り違えてしまうのだ。
言うまでもないが、紳士の思考はとても複雑であり、逐一再現することなど到底不可能。覚えているのは、その部分だけだということだ。

そして、肝心の、雄島内部。そのルートはとてもシンプルで、島の外周に沿って、ぐるりと一周するだけというもの。右に行くか、左に行くか、どちらしかないのだが、それには順路がある。ここで、順路を逆に回ってしまうと、あの世の入り口につながってしまうのだとか――と、これも歩いている最中に聞いた。現在どちらの方向に歩いてるのか、とても訊けはしなかった。

足元だけを見て歩いた。黒一色の風景。懐中電灯の照らすあたりしか、物の形が分からない。先入観をなくすのだ。僕は暗い夜道を歩いている。それだけのことだ。自分に言い聞かせた。
……3分の2、いや4分の3は歩いただろう。
余裕が出てきたのか、本来、土道を歩きやすくするための敷石の幅が、明らかにおかしいと気づく。先ほどから、かわすのに必死である。旅のネタになりそうなポイントを見つけ、ようやく意識が恐怖から逸れたそのとき、風に吹かれ、神社の鈴が鳴った。
「うわっ!」
ダルシムも、「おお」と叫び、僕らの恐怖のベクトルは一致した。

そこから先の記憶はない。僕らは一目散に逃げた。
帰りの車でダルシムは、再度、吊り橋効果を語った。僕は信じない。なぜなら、満身創痍のていでシートにもたれながら、俺が女だったら、こいつにビンタ食らわすと考えているのだから。
寒気が止まらなかった。このとき僕の身には、すでによろしくないことが起こっていた。気がつくのは、もう少し後のこと。

奇妙なドライブ――過去 1

「あの、おばちゃんや」
ダルシムは言った。
思わず、有名旅館の魔女から目を離し、男のほうを見た。暗がりのなか、スクリーンの光が男の表情を照らしていた。言葉に悪意はまったくない。彼の所属する生体化学のゼミで、実験中、新たな物質を発見したかのような真剣な面持ちだった。

場所は、金沢郊外の映画館。ダルシム、僕、夏実の順で座っていた。
あれから人間関係はもつれながらも何かの方向に進展を見せ、三人で映画を見にきたのだ。僕はいいとして、二人はどう口実を作ったのだろう。かもめのバイトを休み出かけた、お盆前の話。

これも奇妙なドライブだったと思う。何かが起こりそうで起きなくて、意味がありそうで、たいしてなくて、ダルシムのトラウマとなり、僕はその後、ずっとネタにされた。

今の状況に照らし合わせれば、なおさら奇妙な感じがしてくる。車も同じくスバルカーで、奇しくも座席配置までが同じ。あのとき運転席にはダルシム、後部座席に、僕と夏実が座っていた。
現在のドライブでは、夏実が他の名前の子に置き換わっている。

それが唯一の変更点……と思わせておいて、女の子二人の名前には、類似点がある。出来すぎだ。過去と現在に連続性が感じられ、過去のドライブはまだ終わっていない、なんて、哲学的な解釈も可能かもしれない。あるいは、ダルシムが、会えば恨みつらみを語り、無理やりつないできた、とも言える。こうした人の持つ負の感情は、馬鹿にできない。

男のうらみは関連する様々なものに飛び火する。さっきだって、過去のドライブで使用したBGM(僕は言われるまで忘れていた)を却下された。他にも次のようなNGアイテム、NGワードがある。
映画館、三人、相対性理論、小田和正(オフコースはOK)、ファミレス、安倍なつみ、夏みかん……これらはごく一部だ。

過去のドライブの目的地は、映画館だった。すべては県内で完結してしまい、スケールが小さい。それはそうだ。映画を観に行っただけなのだから。ダルシムがひとりで話を大きくしていること、間違いない。
人生会議にはギターアンプに似た側面がある。音量を増幅させることは言うまでもないが、ときにディストーションが効きすぎて、音が割れてしまう。早く本来の姿に収束させねばと思い、僕は努力しているのだが……。

ドライブの意義は、あまりにタイムリーな、あの映画のほうにこそ見出すべきなのだ。ダルシムのひとこと、「あの、おばちゃんや」により、海ゆばーばが誕生し、あの夏、僕たちの想像は尽きなかったのだから。
そしてそれを語るには、夏実には、一度、退場してもらわなくてはならない(なんなら、この話は終わりでもいい)。海ゆばーばの設定は我々にとってもリスクが大きく、関係者には誰にも口外していない。

――海の家のバイトは、過酷であった。
ダルシムは後に、まかないに焼きそばがなければ、俺は死んでいた、と語ったくらいだ。
かもめで気ままに過ごしていた僕は、けっこう暇……ではなく、まだ余裕があったため、彼の労をねぎらうため、人生会議につき合ってあげた。
その結果として、僕らは海ゆばーばに名前を奪われてしまったため、魔女の呪縛にかかり、ここ、海の家で働いているのだという、設定さえ生まれた。……何のために? 束の間の現実逃避である。意味がなければないほど燃えるのが人生会議だ。

プラスポ、ダルシムとは、名前を奪われた後の、僕らの新たな呼び名である。期間限定のはずが、基本的には相手に対する嫌がらせでつけたために、お互い止めることをせず、そのまま定着した。
「ダルシム」に意味はまったくない。発音したときの語感を重視し、僕がインスピレーションでつけた。実にミュージシャンらしい発想と言える。

一方、「プラスポ」は少し説明が必要だ。
僕のもとの名は、酒井兼士という。兼士の「士」は武士の「士」であり、名付けた親父によると、武士の志を兼ねてほしかったとのこと。兼ねる――つまり、プラスするということだ。武士の志をプラスするのはいいが、そもそも何にプラスするのだろうか。土台がないといつも思う。
なんにせよ、自らの名を尊重し、とにかく足すことはいいことなのだ、と考えるようにしている。

元々ダルシムは、からかうように僕のことを、プラスと呼んでいた。僕は、学生時代、プラスをもうひとつの自分の名とし、結成したオリジナルバンドの名にも使っていたためだ。こいつはけっこう照れくさい。

しかし、いざ自分がダルシムと呼ばれみて、比べると、プラスのほうが断然かっこいい。そこで彼は暴挙に出た。プラスを、プラス「ポ」にしやがった。一文字加えただけで、かなりまぬけな印象になる。言い放つときのイントネーションも絶妙だ。彼のセンスは、ときに侮れない。

なお、かなりどうでもいいので、ダルシムとかもめの結末を先に記す。
ある夕暮れ、足が疲労骨折を起こす直前のような気がする、と訴えたダルシムは、辞意を伝えるべく、足がくがくで海ゆばーばと向き合った。
海ゆばーばはトラウマになる表情で、人生とは厳しいものだ、こんなていらくで世の中を渡っていけると思うのかと、恐ろしげな表情で彼に詰め寄り、火を吐いた。
ダルシムは彼の辞書から、ビーチボーイズという文字を奪われ逃走した。
「辞めさせて下さい! ここで働きたくないんです!」
彼は叫んでいた。

現在、その話を聞いて、幽霊は笑っている。
僕たちは三人目の同乗者として、幽霊をプラスしてしまった。
はあ……。まふゆさん……。

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【作者コメント】
最後のまふゆさん(↓)
彼女はもう現れません。まさに幽霊のようだ。いや、幽霊なのだけど。

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