王将の二重人格者
なかなか恐ろしい話だった。結論からいえば、事件は起こらなかった。わたしは決定的な境目が訪れる前に舞台から降りることができた。何もしなくても事件は起こらなかった可能性が高いが、そこは読者の判断に委ねたい。
わたしが(株)サイコパス・コンサルティングに勤めていたころの話だ。その名の通り、サイコパスな人間が多く勤めている。わたしは、社内の陰湿さに嫌気がさしており、ボーダーライン(人格障害)的な性質に過敏になっていたのかもしれない。
事件の場所は、その職場ではなく、駅前の某有名中華チェーン。駅前に飲食店は限られていたので、王〇があることは非常にありがたかった。正直、テーブルにいつも油のべたつきが残っていて、清潔感に欠ける店舗ではあったが、料理はおいしかった。
さて、この店にやばい店員が出てくる話をこれからするのだが、わたしがときどき出くわす、ある傾向を持ったやばい人の特徴についてお話ししたい。ひと言でいうと、よくわからない理由で一方的に恨んでくる。
こちらはその人に何もした覚えがない。しかし、相手は悪意をむき出しにしており、なぜか時間が経つほど悪意が増大する。これは怖い。こちらからはよくわからないが、その人の中には何かストーリーがあり、それが日に日に膨らんでいるのだ。
その悪意の理由を把握できないため、対処のしようがない。この手の人間に対しては、妄想がエスカレートする前に逃げるしかない。放っておけば、悪意の対象が自然に切り替わるだろう。
と、まさにそんな感じの人間が店員の中にいた。神経質そうなやせ型の中年。はじめは、特に何も感じなかった。店が忙しいからイライラしているのだろう、くらい。
しかし、どうも店を訪れるたびに、態度がひどくなっていく。露骨に嫌そうな顔をする。接客というよりも、敵に対するような態度に変わっていく。まさに先ほどのやばい人の特徴に合致する。
こちらからしたら、理由がまったくわからない。わたしは飲食店でとてもおとなしいし、クレームを入れたこともない。あえて考えられるとしたら、店がそんなに混んでなかったので「(テーブル席のある)2Fを使ってもいいですか」と一回言ったくらい。とてもじゃないが、恨まれる理由に思えない。
その人が仮に妄想エスカレート系のやばい人だとする。わたしは、対処法は逃げることだと言った。わたしはそれをしなかった。なぜなら、その人が突然、愛想のいい人に変身する日があるのだ。
先週は、怖い感じがしたが、今日は感じのいい人。先週その人はたまたま機嫌が悪かっただけかもしれないし、わたしが過剰にとらえすぎているのかもしれない。第一、週に一度来店するだけの客に悪意を持つなんて、普通は考えられない。という、常識的な考え方のもと、中華店に通うのをやめなかった。
問題の人は、「態度悪いレベル1 → 感じがいい → 態度悪いレベル2 → 感じがいい → 態度悪いレベル3 → 感じがいい」のような感じで変化していった。態度が悪い日だけを見ると、そのレベルがどんどん上がっていくので、次第に人格が2つあるような心持ちがしてきた。
ある日わたしは気づく。店舗にその人が2人いたからだ。この人たちは双子だ! あるいは、とてもよく似た兄弟。わたしが同一人物だと思っていた人は、2人の人間だったのだ。機嫌の波があるのではなく、やばい人は日々、直線的にやばくなっていただけだった。
ある日、レジで店員の態度が完全に常識を超えたので、わたしはその店との関係を断った。やばい人への対応策の話でいえば、逃げた。
あのまま、同じ顔がふたつあるからくりに気づかず、「やばい人ではなく、機嫌の悪い日があるだけ」と認識していたらどうなっていただろう。その後の展開に恐怖を覚える。
まあ、何もなかったとは思うけれど……。
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