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英国滞在記 『Captured Tracks』

ニューヨークのブルックリンにあるCaptured Trackレーベル。僕が好きなレーベルの一つだ。ざっとここからリリースした代表的なバンドを上げるとDum Dum Girls、Blank Dogs、DIIV、Beach Fossils、Wild Nothing、Mac Demarco等、レーベルを意識せずに聞いていたらリリース元がCaptured Tracksだった、なんてことも結構あるかもしれない。
それほどまでにこのレーベルは現在のUSの音楽シーンにとって重要なバンドを発見していたし、再発の面でも素晴らしい仕事をしていた。2000年代後半から現在までのインディポップ、シューゲイザーに関しての再評価、再発見、新定義においての礎として一時代を築いた重要なレーベルの一つだと思う。

Captured Tracksの活動初期は、どうしようもない、けれども音楽好きの心に刺さるノイジーなローファイガレージポップをリリースしていた印象がある。その印象に近しい代表的なのはDum Dum Girlsだと思うが、彼女たちの音源を初めて聞いた時は個人的にはCaptured Tracks版The Shangri-Lasみたいな印象だった。Dum Dum Girlsというバンド名から僕が真っ先に連想したのはIggy Popよりもグラスゴーの代表バンドの一つであるThe Vaselines(’Dum Dum’という曲がある)だった。音楽的にもThe Vaselinesと共通した部分として、技術はなくとも純粋な音楽愛で拙くも愛らしい曲を作っていたし、そこに連なる存在がDum Dum Girlsだったという印象もある。
また、僕が他にこの時期のCaptured Tracksのリリースで好きなのはThe Beetsというバンドで、こちらはジャケットも子供の落書きみたいで、音も、もうどこから直せばいいのか分からない程どうしようもないガレージサウンドを鳴らしている最高のローファイポップバンドだった。気が向いたらこちらも聞いてみて欲しい。
こんな感じで初期のCaptured Tracksは音楽愛とメロディだけで成り立っているようなバンドをリリースしていた印象が強い。もちろんBlank Dogsのような、80’s New Wave然とした、サウンドプロダクトとしてしっかりと完成していた音を鳴らしていた存在もいたが、個人的には歌唱面ではBlank Dogsも「どうしようもない」バンドであったし、そこに愛らしさが溢れていた。

レーベルの活動初期頃は正直、そんな音楽愛だけで突っ走っていた感じのリリースではあるが、レーベルの歴史を考えると代表的な存在はシューゲイザーリバイバル面での立役者DIIV、宅録Lo-Fi PopのアイコンになったMac Demarcoということになるのだろう。彼らの作品はどれも当時一聴して個性的かつ高いクオリティを誇る作品だった。彼らは現在も順調に活躍し、新譜が出るたびに話題に上がり、有名なロックフェスの中でも大きなステージに出演するような、ミュージシャンとしての成功を見せている。

しかしながら、個人的にスポットライトを当てたいCaptured Tracksで一番好きなミュージシャンはNic Hesslerである。Captured Tracksを追っていなければこの名前にピンと来ない存在だと思うが、僕は彼こそが裏Captured Tracks代表的ミュージシャンだと思っている。

彼を紹介すると、活動初期の頃は’Catwalk’という名前の宅録ユニットとして活動し、Yay! Recordsというギターポップ色の強いカリフォルニアのレーベルから7インチシングルを2枚リリースした。
彼がデビュー作“Shinny Girl”をリリースしたのは2006年の時で、なんと彼は当時16歳の時だったというから驚きだ。Captured作品ではないが、60年代と80年代のポップスの香りがするこの曲も聞く機会があれば聞いてみて欲しい。また、2枚目のPast Afarはネオアコ好きも心を打たれる超名曲!これもぜひとも聞いて欲しい。
その後、Captured Tracksから’(Please) Don’t Break Me’,’ One By Words’という2枚のシングルをリリースして、その後2011年頃から’catwalk’としての活動をストップしてしまう。
音楽活動をやめていた理由は、体の半分が麻痺してしまうギランバレー症候群という難病になり、音楽活動の継続が困難だったからだ。この期間、僕はCatwalkの曲に心を奪われていたので本当にずっとファンとして心配だった。
その後、彼は無事に難病を乗り越えて突如Captured TracksからCatwalk名義をやめ、ソロアーティスト名義の’Nic Hessler’として2015年にアルバム’Soft Connection’をリリースする。
このリリースを知った瞬間、僕はニュースを見ながら驚きと歓喜のあまり思わず声を上げてしまった事を覚えている。一番嬉しかったのはCaptured Tracksから4年越しでアルバムが出たという事実で、おそらくレーベル側もNicの作品が大好きだったので、彼が復活するまでずっといい関係を継続できていたから、時間を置いてもCapturedからリリースされたのだろうと想像ができたことである。なんとも愛を感じるリリースである。
このアルバムはNicらしい美しくも儚い、時に憂いを感じる曲ばかりになっている。


Captured Tracksでの最初のリリース、(Please) Don’t Break Meのバージョン違いの’Please Don’t Break’が収録されているのもCaptured Tracksを追っていた自分としては胸が熱くなった。
そんな彼は今、Captured Tracksのレーベルメイト、Wild Nothingのサポートギタリストとして活動している。これもCapturedリリースのミュージシャン達同士が強い絆で結ばれているようで感慨深い。
僕はロンドンに住んでいた頃にWild NothingのUKツアーに行った事があるのだが、その際にNicが偶然ライブ会場の外にいたのを見かけて入場前に声をかけることができたのだが、その時彼は「最高の気分だよ!海外に行くのすら初めてなのに、ツアーで演奏できるなんて!とても楽しんでいるよ!これから日本に行くのも楽しみだよ!」と話してくれた。



そんな彼の難病からの復活劇、そしてWild Mothingのギタリストとしてではあるが、初のワールドツアーという彼の活動の歩みを見ていると、Captured Tracksでリリースしたからこそ幸せに音楽活動ができている一番の存在ではないかなと(親心に近い気持ちで)思えた。

また、Captured Tracksで忘れてはいけない事は再発関連についてだ。
一番代表的なのは、2011、2012年に再発された’The Wake’の一連の再発関連であろう。ニューウェイブでは絶対に外す事の出来ない存在であるグラスゴーのThe Wakeは活動初期にPrimal ScreamのBobby Gillespieがベースを弾いていたこともある伝説的なバンドである。
Captured Tracksは、80年代にFactoryレーベルからリリースされたThe Wakeのデビューシングル’On Our Honeymoon’と、2ndアルバムの’Here Comes Everybody’を再発したのだが、さらに驚くことに、ギターポップ好きが崇拝しているSarah Recordsからリリースされてレア盤と化していた大名曲‘Crush The Flowers’の7インチも再発したのである。それまでSarah Recordsの7インチ再発をしたレーベルは存在しなかったし、ましてこの曲を再発したのはギターポップ史的に見てもかなりの功績だと思う。

この面白い企画の中の一つとして、Captured TrackアーティストがThe Wakeのカバー曲をするという企画の7インチ、 ‘A Tribute To The Wake’を2作リリースしていて、それぞれA面、B面でBeach FossilsとWild Nothing、BlouseとCraft Spellsがバンドの個性を残しつつThe Wakeのカバーをしているという面白い意欲作をリリースしている。

他にも、Martin Newell率いるUKの伝説的ガレージサイケバンド、’Cleaners from Venus’の2ndアルバム’Midnight Cleaners’の再発や、いろいろな再発音源をまとめた2つのボックスセットをリリースしている。
余談ではあるが、先述のNic HesslerがCleaners From Venusの’Night Starvation’をカバーしている音源もあったりする。これはそのままのカバーだが、原曲が最高なのでカバーも原曲も聞いてみて欲しい。

他にも、1981年から良質なギターポップのリリースを続けているニュージーランドのレーベル、Flying Nun Recordsからリリースされたバンドもいくつか再発している。
The Verlaines、The Clean、The Bats、Tall Dwarfsなどの再発がされたが、僕はThe Verlainesの存在などはCaptured Tracksが再発するまでは知らなかったが、Capturedが出すなら信頼できると思って手を出したのを覚えている。そして実際にThe Verlainesに出会えてよかったと思える存在になり、今では大好きなバンドだ。
また余談であるが、ロンドンのVeronica Fallsがカバー集でThe Verlainesの曲をカバーしているが、それも最高だ。

これは再発ではないが、2020年には’USインディ版のC86’とも言える素晴らしいコンピレーションアルバム、’Strum & Thrum: The American Jangle Underground 1983-1987’という作品をリリースした。これは、R.E.Mになれなかった(が、最高な)80年代のUSジャングリーポップの良バンドを集めたコンピである。聞き所はたくさんあるが、The SpringfieldsのSunflowerなどはSarah Recordsからリリースされ、後のVelvet Crushのメンバーが在籍していたという点でも発掘音源としては重要なものだろう。
個人的にはキラキラと輝くアルペジオを鳴らす’The Reverbs’や、同時期にUKで活動していたShop Assistantsにも通じるガールズパンクな’28th Day’などはいい発見だし、コンピの聞き所だと思う。このコンピはぜひとも一通り聞いてみて欲しい。

ここまで、ざっと“僕にとってのCaptured Tracks”をまとめて書いてみたが、総括すると音楽愛のままに突き進む温故知新なレーベルだと思う。ガレージ、サイケ、SSW、ニューウェイブ、ギターポップ、シューゲイザーと、それまでの音楽を再解釈しつつ、音楽愛に溢れた新しい良質なミュージシャンを発掘し、そのジャンルの伝統を守りつつも新しいものをリリースしている。過去の作品の掘り出し方にも、このレーベル特有の独特のセンスや美学を感じるし、説得力がある。
最近のUKポストパンクリバイバル勢の隆興に比べると少し勢いがない気がするUSインディ勢だが、今度Captured Tracksからリリースされる’Thus Love’などは”Captured印のポストパンク”といった雰囲気で、相変わらずレーベルの説得力を持ちつつも新たな存在を発掘したといった印象だ。
そんな音楽への愛に溢れるCaptured Tracksが大好きだし、僕はこれからも何かリリースがある度にチェックをしていくと思う。

Captured Tracksにあまり馴染みのなかった世代も、レーベルを意識して聞いてみると絶対にいくつかはお気に入りのミュージシャンができるだろうし、活動を見てきた世代には、僕のように”自分にとってのCaptured Tracks”観があると思う。
現在活動中のレーベルの中で、ここまでのインディレーベルは存在しないし、きっとこれからもインディシーンの新たなアイコンとなるミュージシャンを発見したり、知られざる昔の良質なミュージシャンを発掘し世間の音楽好きに広げていくのだろう。
2007年から活動を続け、現在に至るまで良質なリリースを続けているCaptured Tracksの歩みを、今改めて見直してみて欲しい。
きっと新たな発見や、知らなかった良リリースに出会えるだろう。


text by 上田健司
イギリス在住中に『英国滞在記』の連載を開始。帰国後はBlushing、Do Nothing、LINDA GUILALAなどのライナーノーツを担当。DJとしても活躍しており、「I Wonder Why」を主催する。



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