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800文字プラクティス#03【敦史の夏休みと、山に棲む半裸のおじさん】

 登山道沿いの木々の隙間から、鋭い西日が敦史を刺す。日陰だというのに、Tシャツが貼り付く不快な暑さ。道の先、山頂の広場に高い木が見える。通称、行者山の物見杉。

 友達のいない敦史だが、小学校で流行っている噂は知っていた。物見杉の上に人影が見えた。上から糞尿が降ってきた。勇んで探検に行って、帰ってこない子供がいた。

 敦史は噂など信じない。同級生の西田にいじめられ、酒臭い父親に殴られる日々を、一瞬でも忘れたかっただけだ。

 物見杉の太い幹、そのひび割れた樹皮に敦史は触れてみる。何も起こらない。当然だ。

 物見杉の影から男が現れた。

 伸びた口髭、禿げ頭、でっぷりした腹。身に着けているのは白いブリーフのみ。赤ら顔の中、妙に小さな瞳が敦史を見つめる。

 こいつは何だ。

「儂はお前を知っているぞ、寺田敦史」

 男が喋った。心を読んでいるかのようだった。

「どれ、儂を見つけた褒美じゃ」

 男は左手を望遠鏡のように目に当て、遠くを探す仕草。動きを止め、口をすぼめて息をひゅっと吸う。つむじ風が舞った後、そこに半袖・短パンの男児がいた。西田だ。

 西田は呆然と辺りを見回す。男は目を丸くする西田の頭を掴み、すぽんと引き千切った。鮮血が迸る。

「わあああ!」

 敦史は尻餅をついた。男が生首を差し出す。足に力が入らず、後ずさるのが精一杯。

「何だ、違うのか」

 男は西田の頭を胴体に戻す。首が嘘のように繋がる。西田は息を吹き返し、白目を剥き体を痙攣させた。男が鬱陶しげに息を吹くと、壊れた西田はつむじ風と共に消えた。

「よし、決めたぞ。お前の望みを当てたら、儂の勝ちだ」

 なぜ。何のために。口が乾き、言葉が出ない。

「只の戯れだ」

 敦史を見る黒く小さな瞳はまるで底なしの井戸で、奥底に怪物が潜んでいると敦史は感じた。

「学校も良いが、まずはお前の家に連れて行け」

 恐ろしい。だが敦史は同時に、父親の首がすぽんと千切れるさまを妄想していた。

つづく


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