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800文字プラクティス#04【死呪喰いタイチは飢えている】

 黒々と繁る腐れ茨の森。獣道を歩きながら、タイチは昔を想い出す。幼い頃、世界には腐れ茨と、恐怖と、姉だけがあった。変わらないのは茨のみだ。

 人里を離れて生きるなら、腐れ茨に隠れ暮すか、さもなくば死呪に縋るか。だがタイチはそれらすら捨てた。

「たっ、助けてくれぇっ!」

 悲鳴が回想を中断させる。襤褸を着た男が駆けてくる。その後ろに巨大な影。常人に倍する体躯、赤茶けた肌、額の角。鬼だ。

 かつて、タイチの姉を殺したのも鬼だった。愚鈍な鬼は姉の胴を殴り潰し、可食部の殆どを駄目にしてしまっていた。

 眼前の鬼も、同じように腕を振り上げる。

「お腹が空いたわ」

 声はタイチのローブの内から聞こえた。

「僕もだよ」

 タイチは前をはだける。痩せた胸に、少女の顔がへばり付いていた。目、鼻、唇、すべてが繊細で整っている。まるで美しい紋章が刺繍されているかのようだった。

 少女の華奢な顔が急激に膨張し、タイチの体からせり出す。タイチの胸肉は雨季の雲のように膨れ、鬼に向かって伸び進んだ。

 少女は、今や鬼の頭より大きくなった口を開く。そして、幾重にも生えた無数の牙で、鬼の頭を齧り取った。

 少女の顔は素早く縮み、タイチの胸に収まる。

 タイチは崩折れる鬼の首断面が、もぞりと動くのを見逃さなかった。蛆。腐肉に蛆が湧いている。

「あんた……死呪喰いか? とにかく助かっ――」

「この鬼、最初から死んでいた。死呪で操られていたんだ」

 タイチは襤褸を着た男を見る。男はびくりとした。恐ろしく芝居が下手な男だった。

「目的を言え。そしてあんたの雇い主へ案内しろ。この鬼を操っていた死呪師の元へ。さもなくば――」

 言い終わる前に、タイチの胸から、少女の顔が伸びてくる。

「記憶ごと食べた方が早いわ。それに私、まだお腹が空いてるの」

 タイチは黙って首をすくめた。男は声を上げようとした。その前に、少女は男の上半身を食い千切っていた。

つづく


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