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夕木春央「方舟」読了

淡々とした描写で書かれた本格ミステリ。読者にわかりやすいシンプルなロジックを用いての探偵役の消去法推理、フーダニット犯人当ての完成度が素晴らしく本格ミステリとして高評価。犯人の動機も、これでもかとばかりにしつこい伏線描写を回収しての納得できるもの。が、この作品の真価はラストもラストエピローグからで、文字通り頭をバットで殴られたかのような衝撃を受けて戦慄した。

著者・夕木春央のデビュー作はメフィスト受賞作で、独特の文体を用いて明治・大正に書かれた探偵小説の雰囲気を再現しようとしたメフィスト受賞作の例にもれず尖りに尖ったクセのある作品だった。そんな著者が長編3作目の今作では味気ない素人ネット小説のようなデスゲームを淡々と描いて終わる?そんなわけなかった。淡々とした描写はすべてこのエピローグのため。最後まで淡々と真の動機を語り続ける犯人の姿は、どんなホラー小説よりも怖かった。誰よりも先駆けて得られた情報で自分が生き残るために先手を打っていて、どうせみんな死ぬから誰を何人殺しても構わなかったって、恐ろしすぎる。切れ味抜群のロジック用いた名探偵に匹敵する探偵役、人物描写が深く掘り下げられるでもなく最期の退場シーンもなく虚しすぎる。

エピローグの核であるケーブルの差し替えの件、伏線は見当たらず本格ミステリのどんでん返しとして見たときにアンフェアかなとちょっと思ったり思わなかったり。エンタメ小説として面白いのは確かだし犯人当ては本格ミステリとして及第点。ではこのエピローグのどんでん返しも含めて本格ミステリとして評価したときに、本格ミステリベスト10やSRの会ミステリーベスト10で1位は絶対間違いないと言い切れるか。ミーハーが騒ぎ立てるTwitterでの話題性から距離をおいて、ミステリ研究会、推理小説研究会出身の本格ミステリマニア達の目線はきっと冷静で厳しいだろう。