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女の敵は許さない!彼女に代わってお仕置きよ!

その人は森山さんといった。私が勤務していた特老の介護リーダーで
地域の介護業界では有名な女性である。
福祉関係の教授とともに時折講演もしていた。
介護事業所を経営していたこともあり、周囲から一目置かれる存在だった。

入職以来彼女とはウマが合って、なにかと頼りになる先輩であった。
明るくハツラツとしていて話題も豊富。いったん話し出したら止まらない。
そして恐るべき情報通である。理事長、職員はもちろんのこと、
入居者様の家庭環境、恋愛遍歴まで把握している。


桜咲く季節に田中さんという80歳の男性が入居してきた。背は高く、
穏やかな方。認知症があり歩行不安定で、かんたんな会話はできる状態
だった。
この田中さんと森山先輩のウマが合わなかった。というより始めから
森山先輩は彼を忌々しく思っていた。
「アイツ、若いころに愛人を妊娠させて彼女を自殺させたとんでもない男! すぐ妻とは離婚するって言ってたそうよ。そんな度胸もないくせに。
性懲りもなくそのあとも女遊びはやめなかったって。いかにも
優しそうでしょ? ああいうのが女の敵なのよ!」

どうやったらそんな情報が入手できたのか分からなかったが、
田中さんの部屋から聞こえる先輩の声掛けは常にイライラして
ついには怒鳴り声が。

ある日、めずらしく排泄の介助を求められた。
おむつ交換は、暴れる人以外普段は一人でおこなうものだ。
彼の身体を横向きに支えていると、
「右手をしっかりつかんで動かさないでよ!」と。
おむつ交換をいやがる人なのかと思い指示に従う。

「ぎゃーーーっ」
一瞬何が起きたのかわからなかった。
森山先輩のキッとした表情の先を見ると渾身の力でペニスを握りしめて
いた。私は声を失った。彼は認知症のおかげでそのひどい行為を
誰かに訴えることもできない。
その行為が排泄障害などを負わせたのかも定かではないまま、次の業務に
急き立てられたが、夕食時に会ったときの田中さんは普段と変わらぬ様子をみせていた。
当然こんな行為はあってはならないが、彼女が女性職員のトップの立場
なのも、直ちに報告するのをためらわせた。

そのことがあって数日後の休み明けに出勤するとまもなく、他のリーダーが森山リーダーが即日解雇された、と話してくれた。
ことの顛末は、、、、。

施設の相談員がめずらしくこちらの居住棟を通った際、田中さんの部屋で
森山リーダーが彼の靴を手にして殴打している場面を目撃したとか。
こうなったらなんの言い訳もできない。ただちに業務から離れ帰宅するよう命じられた。私物は職員が送り届けたもよう。

全てのキャリアを失うほど彼女を駆り立てたものは何だったのか。
亡くなった愛人女性と似たような体験があったのだろうか。
あんなに頭脳明晰で遠方の研究会にも参加して知識を深め、介護職を
代表し、トップと交渉して待遇改善にも取り組んでくれた稀有な方。
暗い森の中を彷徨って行き場を失ったのか、心の深層にある深い傷跡が開き暴走して止めることが出来なくなったのではないのか。
今でもあの職場で会いたい人は森山先輩なのだ。







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